個人的「自由」と社会的「自由」

今日、政府や企業、医療・教育をはじめとするさまざまな機関は、より困難な課題に直面し、組織としてより高い成果をあげることを求められるようになりました。そしてその過程に一人ひとりの個人がより主体的に関わらなければならない状況が生まれています。例えば、新型感染症拡大防止策として一人ひとりがどのように行動するべきなのかについての個人の主体的な判断と行動が、組織運営に大きな影響を与えています。

そのようなわけで、今や私たち一人ひとりに、「自由」のためにマネジメントを理解し実践していくことが求められる時代となりました。

ところで、ここで掲げている「自由」とは何でしょうか。哲学的にはさまざまな答えがありえますが、「やりたいことがやりたい時にできること」というのが、一般的な感覚ではないかと思います。端的には「個人の幸福を主体的に追求する権利」と言えるのではないかと思います。

社会を維持していくための分業体制の中で、必要性は認めるけれども自分はやりたくない役回りというものがあります。メディアやSNSでは称賛や感謝の声が集まりますが、自分の子供には「あの仕事はやめておけ」というような仕事です。それは、企業内においても割に合わない部署、なり手がいない職務という形で存在しています。

「そうはいっても誰かが引き受けるべき」という言い方で解決しようとするならば、それは倫理または集団圧力による強制的な解決だと言えます。一方で仕組みとして解決するのがマネジメントです。前者の方法は簡単ですが、後者の方法には戦略や知恵が必要です。

資本主義経済は分業による利益の追求によって成り立っていると解釈すると、そこでの仕事とは、他者を利益追求の手段とみなすことで成立するものとなり、他者の自由を無視または過小に認識していくことにつながります。

私たちは、自分が自由に生きるためには社会が自由である必要があることを受け入れ、マネジメントを実践する必要があります。そのための戦略や知恵を本連載ではインテリジェンスと呼びたいと考えます。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『intelligence3.0』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。