青二才の時間の幻影:1

その日のローカル新聞に、小さな見出しで『青年、マムシに咬まれる』という記事が載った。その記事とは、次の通りである。

昨夜九時頃、会社員大島浩三さん(21)は田園地帯の農道でマムシと遭遇、左足先を咬まれるというアクシデントに見舞われた。直ちに病院へ運ばれ、救命治療を受けた。マムシは、強毒を持つ凶暴な蛇である。手当てが遅れれば死に至るケースもあるという。特に秋口のマムシは仔を孕むというから攻撃的で獰猛だといわれている。

大島さんは昨夜、田園地帯を散歩しながら満天の星空を観察中だった。その途中、道路上でとぐろを巻いていたマムシをうっかり踏みつけたらしい。咬まれたショックで気が動転し、道路にうずくまっているところを通りかかった人に発見された。

直ちに救急車が要請され、市内の総合病院へ緊急搬送されたという。救命治療にあたった医師によると、患者の精神的ショックは大きく、多少の意識混濁が見られたものの、命には別状無いと話していた。

記事は、社会面のずっと下の方だから、そう目立つものではなかったが、もしかすると、この刺激的で、グロテスクな記事がきっかけで、それは起こったのかも知れない。朝、真っ先に好奇心をあらわにしたのは、佐藤である。

佐藤は、印刷会社の営業マンで、いつもより早めに会社を飛び出すと、得意先回りを後回しにして大通りの方へ車を向けた。病院は、そう遠くないところにあったが、たどり着くまでにかなり手間取ったのは、信号機の多さと、病院の建物が見えるにつれて車の流れが悪くなったせいである。

そのじれったさに、佐藤は何度も顔をしかめた。煙草を何本か吸い終わった頃、ようやく病院の広い駐車場が見えてきたが、そこにはすでにかなりの車が停まっている。バスを降りて、とぼとぼと歩いて行く人たちの姿も見える。杖をついている老人の姿もあった。

病院は、この近郷では一番大きい総合病院だったので、患者たちが先を争って訪れるらしい。駐車場では、制服姿の警備員が車を誘導しているのが見えた。佐藤は、警備員を尻目に職員専用の駐車場へ車を向けると、素知らぬ顔で車を停め、すぐ目の前の六階建ての病棟を見上げた。それから含み笑いを浮かべた。