これは、源頼光の四天王筆頭・渡辺綱が、鬼の腕を斬り落としたと言われる伝説の刀剣である。まさか、ここで実物を見ることができるとは思わなかった。道真公の御利益か。

展示された刀剣の鋭利な刃文が、酷薄な光を放っている。見つめていると背筋がゾクゾクして、重く感じるのは、戦場で血を吸っているからだろうか。そんな刀剣ではあるが、天満宮に奉納されたことで、今は心安らかに余生を送っている。

西陣の思い出

北野天満宮がある西陣は、僕が大学時代に住んでいた処である。西陣は、僕のイメージに違わぬ古都の下町情緒を持っていた。いや、イメージすらできなかった、たくさんの下町情緒も堪能させてくれた。

当時、僕は暇があれば、当てもなく西陣を漂った。小路の両側には格子戸の町屋が続く。町屋の中では、機織り機がカシャン・カシャンと軽快にリズムを刻む。ふいに、線香の匂いがする。

と、名も知らぬ寺が現れる。路傍の至る所には忘れられて久しい石碑が寂し気に蹲(うずくま)っている。簡潔に書かれた碑文だが、暫しの間、僕の心を歴史の舞台に連れて行ってくれた。

通勤電車の車窓から景色を眺めていると、ふと西陣の街並が頭の中に蘇ることがある。そうなると無性に京都に行きたくなる。だから、京都に行った際には、西陣を散策せずにはいられない。

西陣の小路の角を曲がると、大学生の自分とバッタリ出会えそうな気がする。そんなことありえないと分かっていても、あの頃の自分の姿を街並の中に探してしまうのだ。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『サラリーマン漫遊記 センチメートル・ジャーニー』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。