ルービックキューブに救われる?

初めてそのルービックキューブを手にしたのは、洋一が四歳のときだった。今でもはっきりと覚えている。洋一がねだったのではない。母が買ってきてくれたのだ。幼い手にルービックキューブは大きくて重く、回すのにも少し力が要った。

初めて手にしたにもかかわらず、しばらくいじっていると、もうずっと前からこれで遊んでいたような錯覚を覚えた。

それくらい、ルービックキューブはすんなりと洋一の手に馴染んだ。六面を自力で揃えるのは骨だった。だがしじゅう回しているうちに、気が付くとできるようになっていた。

「洋ちゃんは本当にルービックキューブが好きねぇ」

母が言った。ほとんどどこに行くときでも、洋一はルービックキューブを持っていった。歩いている途中で、母が近所の人とばったり会い、立ち話を始めたときも、傍らでルービックキューブをいじっていれば、何時間放っておかれても平気だった。赤、白、青、オレンジ、黄色、緑。六色が手の中でくるくると変わるのが面白くて仕方がない。なぜこんなにルービックキューブが好きなのか、自分でも分からなかった。小さな正方形で構成された立方体は、洋一の根源的な何かをくすぐるのだ。

ある日のこと。母に連れられて洋一はデパートに行った。幼い妹は、母にだっこされていたように思う。鍋やざるなどの台所用品を、母はじっくりと見ていた。洋一には何が楽しいのかさっぱり理解できない。でたらめに手の中のルービックキューブを回しながら、母のすぐ後ろを歩いていた。

ふと気付くと、前にいたはずの母がいない。焦って周囲を見回したが、妹を抱いた母の姿はどこにも見当たらなかった。はぐれた、と自覚した途端、周りのざわめきがスーッと遠ざかっていった。全身から汗が吹きだしてくる。誰かに強く押されたように、こめかみの辺りがキュッと縮まった。