9 健康管理センターの設置

医療人の使命とは何か

私をはじめとして医療人の使命は、単に病気の治療にとどまらず、いかにその予防にも徹するかということが挙げられます。

一九八五(昭和六〇)年 全国法人会 人間ドック実施病院指定

一九八九(平成元)年  航空特殊身体検査指定医療機関登録

一九八九(平成元)年  健康保険組合連合会 人間ドック実施病院指定

一九九〇(平成二)年  中災防協会健康測定指導機関認定

一九九〇(平成二)年  ゼンセン同盟人間ドック実施病院指定

一九七三(昭和四八)年に、沖縄中央脳神経外科を創立して以来、約二〇年間の医療活動の中で、時代のニーズに応え前記各機関の治療にとどまらず、予防医学への取り組みの必要性を痛感するようになりました。

食生活・生活習慣の変化が健康に及ぼす影響

終戦後、衣・食・住すべてに事欠き、数年間は米国陸軍兵士が着用していた服(俗にいうクロンボー服)を改造して仕立て直し、子供たちの衣服として着用していました。幸いなことに母は洋裁・和裁に長(た)けていて、近隣の子供らの服まで提供していました。

冬場の寒い季節は、野戦用の米軍の毛布を裁断して、マントで寒さをしのいだものでした。クロンボー服を着て、多くの子供たちは裸足で砂利道を遊び回り、登校していたものです。

一方、食生活といえば、終戦前に農家の人々が植えつけていた田畑はすっかり荒野と化し、辛うじて残った、中国から蔡温(さいおん)が持ち帰った唐芋を掘り起こして食し、やがて、米国民政府から配給されたシャム米や缶詰類で、数年間は飢えをしのいだものでした。数年を経て、荒れ果てた田畑を開墾し、自給自足で終戦前の食生活に戻っていきました。

「健康増進の取り組み」の項においても簡単に触れましたが、一九七二(昭和四七)年の祖国復帰までの二七年間で、沖縄住民の食生活をはじめ、生活様式がすっかりアメリカナイズされました。

祖国日本とは全く隔絶された生活環境に変わり、パン食にステーキ、多種多様な缶詰類、安価なコーヒー・ココアに加えて、暖かい沖縄では夏場に限らず年間を通して、ブルーシール・アイスクリームをアルバイトの高校生が店頭や幹線道路脇で販売している姿を、ここかしこで見受けました。

他方、一時期はトラックを改造した幌(ほろ)張りの乗り合いバスが運行し、庶民の足となっていました。私も高校の修学旅行はトラックに分乗して、名護、塩屋まで日帰りで行ったものです。

終戦まで運行していた軽便鉄道も敗戦で消失し、その後、沖縄では鉄道の開設はいまだになく、庶民の移動手段は、もっぱら路線バスか自家用車に頼る以外にありません。やっとの思いでモノレールが架設されましたが、一向に交通渋滞の緩和には至ってないのが現状です。

各家庭では複数台の自家用車を有し、おかげで道路は慢性的な渋滞をきたしています。朝夕の出退勤の貴重な時間帯に、働き盛りの人々が車内に閉じ込められ、無駄な時間を過ごしていることは、企業にとって否、県や国家にとっても大きな損失といえるでしょう。

それに加えて、自家用車を利用せざるを得ない生活環境にあっては、当然運動不足になることは否めず、食生活の欧米化とともに、県民の健康に及ぼす影響は計り知れないものがあります。

戦前から終戦後の当県における生活様式や食生活、温暖な気候とサンゴの白い砂浜、紺碧(こんぺき)の美しい海に囲まれた環境で育まれた、島の人々の温かい人情も、時代とともに変化の兆しが見えてきました。

健康増進センター開設の理由

学校健診に訪れると、小学校低学年から肥満児が多く見られるようになりました。

長い年月、他府県に比べ長寿沖縄を誇ってきたものの、遠からず、その誇るべき地位を明け渡す時が訪れる危機感を覚えました。

私たちは、単に病気にかかった人々の治療に専念することのみが使命ではなく、いかに今、元気な人々に対する予防医学にも目を転じる必要性があることを痛感し、“ひたすら病める人びとのために”と同時に“健全なる人々のさらなる健康増進のために”を理念として、新しく「健康増進センター」を開設しました。

折から国の施策として、THP(total health promotion plan)が推奨されていたため、医師、看護師、運動指導士、栄養士、薬剤師、心理相談員の六人を引き連れ、東京にて三日間の研修を果たし、各々専門職員による健康増進のためのシステムを構築し、スタートすることができました。

健康増進センター利用推進活動

まず、県民の健康に対する意識の改革を始める必要性があり、当時、看護専門職の少ない中、看護助手として数年間外来で勤め、さらに医事課にて事務の傍ら電話交換手として多くの患者、家族、企業の方々とコンタクトを取った経験のある喜久川さんを抜擢(ばってき)し、渉外担当責任者として起用しました。

雨の日も、冷たい風の強く吹く日も、あるときは先方との事前の約束のため、自らの体調の不良を押して企業を訪問し、健診の詳細について先方の納得のいくまで調整し、契約に結びつける仕事を黙々とこなしてくれました。

過去三〇年間に官公庁をはじめ、百数十社の企業をまとめ上げ、県民の健康増進、予防医学に貢献しています。

特殊な職業の方の健康を守る

一方、開業間もない頃から設置している高気圧酸素療法装置を活用した潜水士の健康診断、海上保安庁、県内各消防関係者、県警や各地で運営している潜水レジャー企業、漁業、潜函(せんかん)業者などにも、健診、治療を実施しています。

さらに特筆すべきは、特殊健康診断として、JALの関連会社で沖縄に拠点のあるJTA、RAC、さらに数社の航空会社のパイロットのための健康診断も実施しています。

また、国家の安全に直接・間接に関わり、洋上救急にも多くの実績を残している第十一管区海上保安庁の皆々様や、県警のパイロットのために特殊健診を三〇年来継続しています。

時に、数人から数百人にも及ぶエアーラインの乗客の命を一手に担い運航するパイロットの特殊健康診断は、当然のことながら筆舌に尽くせないほど厳しいものがあります。

※本記事は、2019年12月刊行の書籍『 ひたすら病める人びとのために 上巻』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。