京都散文ウォーキング 二〇一七年五月:道真公の実力

学問の神様(菅原道真公)は、確かにいる。次男の高校卒業式の日、担任の先生から「私もまさか合格するとは思ってもいませんでした......」と正直に告白された時、その存在を確信した。

昨年の酷暑のなか、京都の北野天満宮での次男の大学合格祈願。その御利益があったのだ。福岡県民としては悔しいが、道真公は、大宰府ではなく、京都におわします。

早く御礼参りに行かなくてはと思いながら十二月の合格発表から五ヶ月が経ってしまった。道真公は、雷の神様でもあるので、怒らせると雷に打たれ、感電死という怖いバチが待っている。それよりも次男が留年するバチの方が、親としては怖い。勘弁願いたい。 三月は、入学のための手続きやら次男の大学生活に必要な物の買い出しに追われ、あっとい う間に日にちとお金が飛んで行ってしまった。

話は逸れるが、大学の入学というのは恐ろしく金が飛んで行く。金に羽根が生えて飛んで行くどころの騒ぎではない。金にロケット推進エン ジンが搭載された如く飛んで行く。長男の時と同様に、次男の時も銀行から預金を下ろしても、下ろしても追いつかない。夜な夜な、変質者が自宅に忍び込んでは、金をトイレに流しているのではないかとさえ疑った。

四月は、僕と女房が揃って人事異動のため職場が変わった。引継ぎに追われてしまい、御礼参りがすっかり頭の片隅に押しやられてしまった。 ようやく、五月の連休に日帰りで、女房と京都へ行くことになった。さすがに連休中とあって、京都駅前の市バス乗り場は、これといった当てもなく京都に流れてきた行楽難民で溢れている。どのバスも難民を全員収容できず、積み残しての無情の発車だ。

これではラチがあかないと、地下鉄で北野天満宮最寄りの今出川駅まで行き、そこから市バスに乗り換え、スムーズに北野天満宮に到着。女房に、ちょっとした京都通ぶりを見せつけることができた。 やはり、子供連れの家族が多い。子供の学力に心を痛めているのは、我が家に限ったことで はないのだ。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『サラリーマン漫遊記 センチメートル・ジャーニー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。