私は、ここで過ごした子ども時代に、この街には昔から不思議な出来事や言い伝えが沢山あると聞かされたことを覚えていた。だからここに来れば、きっと色々な面白い話を聞けるだろうと思ったのだ。……だが、それよりも、これは私自身の過去を辿る旅であった。

私がパングレアスにいたのは、おそらく八歳から九歳までぐらいの時期だったと思うのだが、そのころの記憶はおぼろげにしかない。電気関係のエンジニアであった父がさまざまないきさつを経てこの街に仕事を見つけ、母と私を伴ってやって来たということだった。

そのころのことを思い出すとき、それはまるで水底から見上げる水面の、太陽の光を裏取りしてきらきらと輝くあの独特の紋様のように、瞼の奥にゆらゆらと光を送って返すのだった。あのころの思い出は、長い時間、何か大切な宝物のように、眩しく私のなかで輝き続けていた。はっきりと思い出せないがゆえに、より知りたく、思い出したくなる。

事実、それはところどころ虫喰いのように欠けていて、断片的な記憶の寄せ集めのようなものでしかなかった。けれど静かに目を閉じると、いつもひとりでに湧き上がるものだった。そしてそれは、胸の奥のあるところに、じんわりとした温かみを送ってよこすのだった。

いつか色褪せてしまいそうな記憶をもう一度掘り起こすために、現地を訪れて思い出に浸ってみたい……。そう思い立ったのが始まりだった。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『スモーキー・ビーンズ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。