不可思議な国インドに魅了される

医療に国境はない、“ひたすら病める人びとのために”と、小さなロマンを持った一人の田舎医者のささやかな行為が、彼(か)の地でかくも大きな評価と反響を呼んだことに、ただただ驚くだけでした。

インドの人は、あまり「ありがとう」ということを口では表現しないといいます。“バット・ダンニヤヴォード(大変ありがとう)”なんていわれると、かえって皮肉に聞こえるくらいだといわれています。

私たちがインドの旅先で“Thank you”や“ダンニヤヴォード”を繰り返すと、「あまり気安く礼をいうものではない。言葉でいう礼よりも、行為で示す礼こそが大切だ」と、たしなめられたものです。

事実、一ヵ月間の旅で、ついぞ礼をいわれたことはなかったような気がしました。

君のものは俺のもの、俺のものは君のもの、これが日常生活の中で成り立つお国柄で“人類は皆兄弟、受けた親切は、また他の場所で誰にでも返せばよい”という習わしが根づいているようであります。

全体が同質の社会に生まれ育った我々には、インドは誠に不可思議な国です。一八世紀と二一世紀が同居しているような、いろいろな価値感や生き方が交錯していて、いかような想像を絶することでも平気で起こってしまいそうな、誠に魅力にあふれた国でした。ぜひ機会をつくり、いま一度インドの旅に出かけ、この国の隅々まで探索し、さらに奥深いインドを知りたいと願っています。

8 エイズ予防講演会

エイズの実態を知らせるために

近年、エイズ(AIDS)は、一般社会でも日常の会話の中でも語られる、ごく普通の言葉となっていますが、その起源は、アフリカ中央部にすんでいる野生のチンパンジーや尾長ザルから人間に感染したものとの説があり、遠い地域の病気と思われていたものです。

しかし、一九八六(昭和六一)年、HIVに感染しているフィリピン人が長野県に住んでいることがメディアを介して大々的に報道され、パニック状態に陥りました。その翌年、高知県や兵庫県でもエイズの発症があり、もはや遠い外国の伝染病ではなく、身近な性感染症として恐れられました。

このエイズの実態を知るべく、沖縄セントラル病院創立二〇周年記念のうちの一つの行事として、“エイズ予防講演会”を那覇市民会館にて開催いたしました。

感染症の専門家として、久留米大学ウイルス学の権威であられる新宮教授、同じく感染症に携わる琉球大学助教授の“エイズ”に関するご講演をいただき、その後、教育・宗教関係の専門家をお招きして、ステージにて討論会を開きました。

座席は満杯で、立ち見客からも熱心な質問が続き、三時間にも及ぶ記念すべき講演会となりました。

偏見に満ちた報道

当時、メディアによるネガティブ報道が繰り返され、国民の恐怖心が煽(あお)られ、エイズ患者に対する差別や偏見を生み出したものでした。

エイズは英語の“Acquired Immune Deficiency Syndrome(AIDS)”の頭文字であり、後天性免疫不全症候群と訳される感染症です。

この病気はセックスによって感染するもので、本来、誰にでも感染する可能性があります。エイズが巷(ちまた)で恐れられた発覚当時は、ゲイの間で流行し、ゲイによる特殊な奇病と思われていましたが、今日では、そのほとんどが異性間の性行為によるもので、八〇%を占めています。

次いで、輸血の際にHIVに汚染された血液を治療に使用した一九八〇年代に、いわゆる薬害エイズが発症しています。

母子感染については、我が国では適切な事前処置が施されているため、現在ほとんど発生していないのが実情です。

なお、エイズ感染の原因は、前述のように八〇%が性行為によるものですが、その感染から発症までに数年以上かかるといわれており、初期症状としては非特異的なものです。つまり、エイズ特有の初期症状がないということです。

全身の倦怠(けんたい)感、原因不明の発熱、リンパ節の腫脹、体重の減少、原因不明の下痢、口腔内カンジタ症、進行性の息切れなどが挙げられています。

HIVの感染力そのものは弱く、性行為以外で、通常の社会生活の中での空気感染や食事、接触による感染はありません。本人の自覚によって十分に予防が可能な感染症です。

AMDA沖縄支部では、二〇一四(平成二六)年以降三年間にわたり、当院のペルー出身の医師ルイス先生が、当該国の青少年に“エイズ予防”のための啓豪保健指導を行い、大きな成果が期待されています。

※本記事は、2019年12月刊行の書籍『 ひたすら病める人びとのために 上巻』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。