艇のバウ(舳先)を波浮港の入り口に定めて近づくと、うねりが次々と港の入り口に入り込んでいるのが目視された。実はそのうねりが曲者で、艇の尻が波に押されると操舵が利かず左右の岩礁に打ち付けられる危険がある。私はエンジンの推力を使ってうねりの巨大なエネルギーとのバランスを取りながらサーフィンの要領で艇を操り一気に港内に滑り込んだ。

元々火山の火口湖であった波浮港は水深が深く海水を引き込んだ湾内はまさに湖のように穏やかであった。長時間耳元で鳴り続けていたピーピー音も、艇の舷側でざわつく波砕けの不快な音も、一瞬にして止み、湾内は何事もなかったかのように何時もの物憂く気だるい休日の朝の港の佇まいをしていた。

しかし万一あの時、一基掛けのエンジンが止まったらどうなっていた事であろうか。今思い出しても空恐ろしい。