第二章 渡海

帰航

その夏、黒潮が偏流し伊豆七島海域に流れ込んでいるのか強い西風を受けたうねりが巨大化し利島を挟んだ黒潮の抜け道はうねりの頂上が波砕けをしていて、たった二十Fの小艇シーガルⅢ号を翻弄し続けた。うねりの背を斜めに駆け上がるとブレーキが掛かり、その頂上に達すると一瞬、南西の強風が波しぶきを艇のフロントガラスに打ち付け、艇の航海灯、ロープなど様々な突起物に当たってピーピーと高い音を発している。

また、頂上の砕けた波は舷側でザワザワと不快な音を立てて不安な気持ちを増幅させる。しかし、うねりの頂上を乗り越えてその腹に入ると今度は艇は急にスピードを上げうねりの底に落ちて行く。

うねりの底は無風状態で、むせるような暑さとなっているが、聞こえるのは力強いエンジンの音だけであった。我々はそのエンジンさえ動いていれば大波を乗り越えて進み続ける自信は持っていた。

苦闘約二時間、遂に大島南端の竜王崎海域に至った。その海域一帯は累々と巨大なうねりが連なり、波砕けのしぶきが強い南西風に吹かれて白い筋のように海上を流れていて、崎の西側に口を開けているはずの波浮港の入り口がよく見えない。頂上が砕けない間に駆け上がり、入り口を探す事を繰り返しているうちに、ようやく狭い入り口を見つけ出す事ができた。