オカンが入院していた病棟のフロアは、ロの字型の構造で設計されており、ナースステーションから対極に位置する病室にオカンは入院していた。入院直後、オカンの体力は急激に落ちはじめ、もはや自分の足で歩く事さえできなくなっていた。

散歩が大好きだったオカンに病院から外出禁止令が出た頃、このロの字コースを僕が車椅子を押して二人でよく院内散歩をした。病室を出てナースステーションを目指し、そこで転回して再び病室を目指し、ロの字を一周して病室へ帰ってくるというコース。

散歩していると、オカンと同じ末期がん患者と出会う。僕は車椅子を一旦停止。オカンは満面の笑みと白い歯を装備して楽しそうに挨拶する。自分と同じ境遇の人間がこの世にいるのだ、闘っているのは自分独りじゃないんだ、と共同体意識を噛み締めながら、体内に染み込ませているように見えた。

ここの入院患者たちはお互いの葛藤を交換することはない。いちいちそれを交換していたならば、目まぐるしくてたちまちこの場所が生きづらい場所となってしまうから。彼女たちにそんな時間は無い。お互いの想像力でそれを補完し合いながら、この場所はなんとなく成立している。

ロの字コースを散歩していると、赤・黄色・ピンクなどの色とりどりの草花の写真や、世界の壮大な風景写真などが壁に飾られている。その写真は、日替わりで看護師が差し替えてくれる。患者たちが入院ライフを少しでも楽しめるようにと、この病院が考えたケアサービスの一環だ。

オカンと僕は、散歩の途中に立ち止まって写真を見て「キレイやね」「こんな景色の場所に行ってみたいね」と感想を言い合ったりした。オカンはその写真を見ながら病院内を散歩するのが大好きであった。

その日。いつもと同じように、ほっこり院内散歩をする予定だったのだが……、僕の犯した過失のせいで、事態は思わぬ方向へ展開した。

僕が手渡したきらきら輝くものを、オカンは嬉しそうに、幸せそうに、その存在を確かめるように、そっと優しく右掌で握り締めた。その後、我を忘れるほどの圧倒的な感情が体内を駆け巡り、オカンを恍惚状態へと誘う。一気にフルテンションになった車椅子のオカンは「もっともっと、スピードを出せー‼」と急遽言い出した。

「駿ちゃん! 今の私の、この最高潮のテンション考えたら、いつもみたいに、ちんたらちんたら走れるわけないやん! イケイケ! 駿ちゃん!」

オカンの中で怒涛のように暴れ出す鮮明な歓喜は、僕の眼でも確認できるかもしれないくらいに輪郭を帯び可視化して、体の内部から外部へ飛び出すんじゃなかろうかとさえ思えた。「駿ちゃん、ブッチぎって!」と要求してくるクレイジーマザー。車椅子で病院内を猛スピードで駆け抜ける指示を出す母親と、それを実行する息子。社会通念上考えられない大人の発想。

しかし。この頃の僕は。

オカンの願うことは何でも叶えてあげよう。

そう考えていた。

オカンは、もうすぐ死ぬ。

だから。

だから。

だから、僕は。

「もっとスピード出さんか〜い!」

オカンの高笑いとは裏腹に車椅子の後輪は更に悲鳴をあげた。車椅子の製造業者も、こんなにスピードを出すとは想定して製造していないはずだ、間違いない。サーキットの折り返し地点であるナースステーション前で、看護師に叱られて転回したオカンと僕は、猛スピードで病室を目指した。

なんだかいつかしらの幼い頃のようだなぁ。近所のカミナリ親父の家をピンポンダッシュして逃走する悪ガキ少年時代。オカンと僕は正真正銘の親子。なのに、なんだか同世代の友達と遊んでいるような不思議な感覚がする。

「いっくで〜! オカン! スピード出すから捕まっとけよ〜!」

僕は今一度ハンドルを握り直してグリップ。車椅子を加速。どんどんどんどん、スピードをあげる。病室、ナースステーション、水槽の熱帯魚、飾られた草花、末期がん患者とその家族、各種医療機器、お見舞いにくる偽善者、廊下の壁の風景写真……、様々な物体が視界に入っては消失、視界に入っては消失してゆく。目に飛び込んでくるもの全てが、空々しくて僕のため息を誘う。

僕らを注意した正統派看護師が、スリッパの音を立てて小走りで近づいてきた。僕はそれを振り払うようにスピードを加速。

この加速するスピードで。

全てを振り払えたら。

口煩い馬鹿真面目な看護師、踊るがん細胞、金銭消費貸借契約書、美しく醜い人間関係など諸々。オカンと僕に、ベットリとまとわりつく全ての負を。

この加速するスピードで。

全てを振り払えたら。

僕は兎にも角にも振り払ってやろうと、オカンを乗せた車椅子を必死のパッチで押し続けて、病院の廊下を全速力で駆け抜けた。ドン突き正面には大きな窓があった。

山の上に所在する病院であったため、そこから見える景色も絶景だ。昼下がりであったため、太陽の光が差し込んでくる。それが洗面台の鏡に反射して眩しい。そして美しい。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。