有梨は最後まで見届けたいとがんばったが、風間がきつくたしなめると、不服そうな顔をしながらもおとなしく一人で電車に乗り込んだ。これでようやく風間はほっとした。だが、老人を何とかしなければならない。

「歩けますか」と風間は聞いた。

老人はぽかんとしている。認知症かもしれないと風間は思った。臭いのを我慢して、老人を支えながら風間は駅員のところまで歩いていった。

そこで何とかなるかもしれないと考えたのだが甘かった。駅員も困ったような顔をするばかりである。救急車を呼ぶと言うほどのことではないし、警察も関係がなさそうだ。放って置くしかないという結論である。

冷たいものだと風間は思ったが、確かに駅で預かるわけにも行かないだろう。自分が何とかするしかない。

とりあえず、風間は駅員に交番の位置を聞き、老人と一緒に、改札を出た。老人が寄りかかるようにすると、重くて臭いのには閉口する。階段を下りるのが一苦労だった。

「まあ、少しの間だったらここに座らせておいてもいいですよ、身分証明書とか持っていないんですか。それにしても臭いねえ」

事情を話すと駅前交番のおまわりさんは親切にそういったが、迷惑そうな顔もしている。何でそんな人のことに首を突っ込むのだ。放っておけばよいではないかと言う口調である。

風間はいったん老人を交番に預けると、公衆電話に急いだ。タウンページを繰って浮浪者救済センターのようなところはないかと探してみたが、そんなところはあるわけもない。

仕方なく、付近の大学病院をいくつか捜した。普通の診療所ではとても扱いきれないと思ったからである。入っていっただけで他の患者が逃げてしまうだろう。だが、片端からかけてみた病院ではどこも断られた。今診療中ではないから、緊急の場合は、救急車で来てくれと言うのである。

だが、最後にかけた病院の人は、救急の場合は今日はK病院が担当ですといって、電話番号を教えてくれた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『百年後の武蔵野』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。