病院正面玄関の自動ドアが左右に開ききるのを待ちきれない僕は、まだ自分の肩幅以下のスペースしかない空間でも前進する。ガガガと両肩を自動扉にぶつけてでも進む。右手に持ったオカンへのお土産を入れたスーパーの袋だけはぶつけないように注意を払いながら、現役競歩選手が如き足捌きで病室へ向かう。

自分のマザコン度合の強さに、僕はどんだけオカンに会いたいねん、と俯瞰したら笑える。オカンが入院している部屋へ一直線。相部屋の一番奥の医療用ベッドに座り、紙パックのアップルジュースを両手で持って、外を眺め欠伸を一つした彼女を見つけた。

「オカン! おいっす」

「どないしたん? 今日は早いやないのぉ? 学校は?」

「今日は中間テストやったから終わるの早いねん」

「そうかぁ。それで来てくれたんやね。ありがとう。駿ちゃん来てくれたらパッと花が咲いたように明るくなるから嬉しいわぁ」昼食を食べてすぐだったからだろう、オカンは時々思い切った欠伸をして笑った。僕は会話をしながらオカンの隣のパイプ椅子に腰をかけた。

「贔屓目かもやけど、駿ちゃんってイケメンやよな。背も高いし。モテるやろ?」

「急になんや? 我が息子に、直でそれ言う?」

「いや、ほんまにそう思うで。あれ? ちょっと、横向いて?」

「え? 横?」

「いや、そっちじゃなくて反対」

「こっち?」

「やっぱりやな。やっぱりそうや」

「何よ? さっきから、めっちゃ頷いてるけど?」

「キムタクや」

「キムタク?」

「うん、完全にキムタク。駿ちゃんの横顔、キムタクそっくりや」

「いやいやいやいや。そんなん言われたことないで。キムタクは言いすぎやて」

「親の贔屓目かもしれへんけど、完全にキムタクやで」

「ほんまに?」

「ほら! 今の素っ気なく瞬きする感じ? 尼崎センタープール前のキムタクや」

「冠つけたら急にダサなるな。エリア限定せんでよくない? なんか、イジられてる気するし」

「いや、ほんま似てるで。マコトくんにも聞いてみ?」

「それよう聞かんわぁ。親友に、俺、キムタクに似てるって言われてんけど、どうかなぁ? なんて言える勇気、俺は生憎持ち合わせてないわ」

「いや、一回言ってみてや」

「無理やて!」

「一回だけ! お願い!」

「しつこいな! 無理やて言うてるやん!」

「おぉ、怖っ。駿ちゃん、急に大声出すとオカン怖い。ダイナマイトみたいな大きな声出されたら、オカン気が弱いから胸騒ぎするやんか。ダイナマイト……、みたいな大声。胸さわぎを頼むよ……、なんてオカン言うてないからね。さっきから褒めてあげてるのにちょっとはオカンに、KANSHAしてよ」この時点でオカンはニヤニヤが止まらない。顔面が制御不能のようである。

「オカン?」

「何?」

「さっきから、SMAPソングに寄せてトークするの、やめてくれる?」

「いつから気づいてた?」

「正直、ダイナマイトから、うすうす」

オカンは奥歯に施術した銀歯をチラつかせて、ニヤニヤを解放し大きな口を開けて笑った。

「結構、序盤やな?」

「KANSHAしてで、疑惑が確信に変わったわ」

「やっぱ、尼崎センタープール前のキムタクはちゃうわ。スマップをビンビンに意識してるもん。あ、駿ちゃん、セロリ食べる?」と言うオカンに僕は「セロリいらん!」と強めに言った。

「ほら! また大きな声出してからにぃ。怖っ! 怖っ! もうそんな大きい声出されたら、オカン心臓弱いからビクビクしてまうわ。もうオカンの、らいおんハートが……」

「もう、ええわ!」と言う僕。オカンはもう一度、銀歯をチラつかせながら、今度は僕と一緒に大声でからからと笑った。

いつの日だって、繰り返す尼崎親子のボケとツッコミ。しょうもないボケであったって、たとえNK細胞が笑わなくったって、当該行為がオカンの慰安になるならばそのやり取りを厭うような僕ではない。きっちりと拾って、きっちりと落としてみせる。

彼女の笑顔に浮かぶ口角の角度は今日も完璧に美しかった。美しく優しい無二の角度。それは僕にとってナンバーワンじゃなくて、オンリーワンだったのだけれども、そのことだけはオカンに伝えるのをやめて僕の中だけにそっと閉じ込めておくことにした。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。