「きよぴー!」 

「マコトくんやんかぁ。久しぶりやなぁ。こっち座りぃ。駿ちゃん、椅子出したって。病室出たとこにパイプ椅子置いてあるわ」とベッドの上に安臥していたオカンは、医療用電動リクライニングベッドの力で上半身を起こし、見舞いにやってきたマコトに声をかけた。

マコトの屈託のない笑顔はいつも周りを明るい空気にする。地元で有名なケーキ屋マリーアンジュの袋をぶら下げて「きよぴー、イチゴのショートケーキ好きやろ?」とマコトが笑う。わざわざごめんな、とオカンはその袋を受け取る。僕もマコトに、あざっす、と言う。

「体調どうよ? 大丈夫?」

パイプ椅子にドカッと座ったマコトが、馴れ馴れしくオカンに声をかける。

「うん、おかげさんで手術も無事終わってな。もう少ししたら、抗がん剤の治療が始まるねん。副作用がちょっと怖いねんけど。吐き気は辛いからねぇ」と言ったオカンは思い出したように続けて喋る。

「あっ、マコトくんな、手術で全部とったから、私の体の中に、今、胃がないねんで。びっくりせえへん?」

胃の全部摘出手術というのが医者の判断だった。手術で切除できなかった医療用カメラで確認できないレベルのがん細胞を、これから抗がん剤で叩いて潰していくらしい。

抗がん剤はTS―1という錠剤タイプのものと、シスプラチンという液体点滴タイプを併用することになった。この薬の併用ががんに対して高い効果を得ている、数値的なエビデンスもあると医者から説明を受けた。ただし、吐き気や嘔吐、腎機能障害など副作用という厄介なものが付き物なので、オカンの体調を経過観察しながら抗がん剤治療を進めていこうということになった。

もちろん抗がん剤に加えて、僕の「笑い」という免疫療法も実践して僕達はがんと闘う。オカンに少しでも笑ってもらうために、僕は毎日毎日ボケ続けている。

「きよぴーの中に、今、胃がないって思ったら驚きやな」

「せやろ? お腹を切って胃を摘出したんや。私、切腹してんで。切腹。切腹やで」

「いや、切腹て! サムライみたいに言うな!」

胃の全摘手術のことを切腹という独特な表現に置換したオカンのフレーズに三人が同時にどっと笑った。

「でも間違ってなくない? 刃物でお腹切って胃を取ったんやから、ある意味切腹やないの」

「まぁ、広い意味ではせやけど」

「せやろ? 私の勝ちやな。謝って。サムライ風に謝って。足利尊氏感を出して謝って」

無理くりな独自理論で論破した感を出して自慢げに勝ち誇るオカンに、マコトは「誠にかたじけない」と頭を下げてサムライっぽく謝った。誠に、とマコトに、が掛かっているのか気になったが面倒なので僕はわざわざ拾わなかった。

「外科手術の事を切腹って言うてる人、俺、初めて会うたわ」と僕が付け加えると、「この平成という何が起こるかわからない乱世に生きている私らって、ある意味、サムライみたいなもんやからな」とオカンが返して、もう一度三人で笑った。

「でも、私、よう考えたら切腹したの、二回目やわ」

「そうなん!?」

「駿ちゃん、私のお腹におる時、逆子やったから帝王切開で生んだんよ」

「ワシの出産を、切腹て言うな!」

マコトが「駿ちゃんって、切腹で生まれたんや。切腹って普通、命を失うもんやのに、命生まれてるし」と白い歯を見せて言った。「ほんまやね」とオカンが手を叩いて笑った。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。