自宅のある崇徳院の方へ歩を進める。しばらく歩くと蓬川という川が見えてくる。河川沿いにはジュエルエレガンスというラブホテル。休息は一時間あたり1980円と主張している。

尼崎市の崇徳院という地名は、保元の乱に敗れた崇徳院が讃岐国に配流される途中に休息された所縁による伝承があるらしい。由緒あるこの地で、一時間あたりの休息が1980円で貸借されている事実。この事を当時の崇徳院様が知ったらどんな気分となるだろう。

しかもラブホに入る現代人がこの休息時間に一切の休息たる休息を取らないで、なんだったら息を休めるどころか、息を切らして運動ばっかしている事実も併せてお伝えすれば、現世の日本国に怒り狂った大魔縁が再び降臨するっぽい気がする。

阿呆みたいなことを考えながら、僕は蓬川に架かる橋を渡る。川の水に流されるように崇徳院へ。

小池自転車商会という自転車屋が見えてきた。この店で小さい頃、オカンに自転車を買ってもらったことを思い出した。その思い出がトリガーとなり、僕は病院で臥しているオカンを想いながら歩いた。

散漫にオカンの事が頭に浮かんでくる。オカンの顔や手や細い体や服装や、次に会った時はどんなことを言うだろうだとか、幾通りも幾通りも浮かんでくる。ばらばらとした思考を結集させようとしても、とめどなく無尽蔵で不可能だ。

さっきまでマコトと話していたオカンの思い出話がふと頭に浮かんだ。中2の頃に勃発した漆黒のウインドブレーカー中年女性参観日襲撃事件。この衝撃的惨事の数年後、自宅の押入れにしまってあった古ぼけたアルバムの中に、丁寧に綴られているオカンの若かりし頃の写真を見る機会があった。その写真は、オカンが会社の同僚達と一緒に写っている昔の写真だった。

オカンは私立高校を卒業して、進学せず大阪の証券会社に就職した。北浜というビジネス街にある支店に配属されたオカン。その写真は北浜付近の中之島公園で撮影されたもののようで、背景にはレトロビルヂングが写りこんでいた。

ビルの前で笑うオカンに、僕は「えっ!?」と自分の目を疑った。若かりしオカンは今とはまるで別人であり、赤いワンピースをさらりと着こなし、ネックレスと指輪をつけ、美しく化粧をし、健康的な白い歯を見せて品よく笑っていた。参観日にクラスメイトの母親が漂わせていた香水と同じような香りが、この写真の中のオカンから漂ってくるような気がした。

そこには、美しいオカンがいた。美意識の高いオンナという生き物であるオカンが存在していた。

―僕を育てるために、オカンがオンナを捨てた―

このことを悟ったとき、僕の目には涙が溢れた。オカンを責めたあの夜の自分を腹の底から恨んだ。僕は布団にくるまって一晩中泣いた。僕は一生オカンを守っていくことを胸に誓った。

今でも黒のウインドブレーカーを見ると、僕はオカンの事を思い出す。今日だってそうだった。本当のことを言うと、あの商店街で涙が溢れ出そうにもなったのだけれども、なんとか笑いに変えることに成功した。

若かりしオカンが僕のためにオンナを捨てたこと、僕が一晩中泣いたこと、その諸々を僕はマコトに言わないことにした。

オカンへの透明な僕の気持ち。この気持ちだけは、たくさんの思い出が詰まったあの商店街のシャッターの中に閉じ込めておくことにした。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。