僕たちはほとんど同時に頷き、母は台所に戻って行った。

「仕事は順調か?」
「まあまあかな」

昨日から実家に帰省しているが、昨夜は遅かったため父と顔を合わせたのは今が初めてだ。

「やっぱり外科医は忙しいか?」
「うん、そうだね。でもまだ勉強みたいなもので仕事をしているって感じはしないよ。去年までの2年間もそうだったけど」
「そうか。医者は膨大な知識や技術が必要だから一人前になるまでには時間がかかりそうだもんな」
「うん。外科医も10年目くらいまでは若手扱いだから」
「そうなんだ。まあ焦らずコツコツとやっていけばいいんじゃないのか」
「うん。頑張るよ」
「あとは自分を追い込み過ぎないことだな。仕事をしている感じがしないって言ったけど、勉強もお前の立派な仕事なんだ。それも織り込み済みで病院はお前に給料を払っているんだからな」
「うん」
「だから誇りを持ってやらないといけないぞ」

そう言われてもやはり仕事をしているという実感は持てない。手術でも病棟業務でも先輩に教えてもらいながら1つずつ知識を積み重ねていっている段階だ。

まだ自分にできることとできないことの判断もつかない状況だから、戦力になっているとはいい難い。むしろ迷惑をかけている。誇りを持ってやるというのは現時点では少し難しいかもしれない。

「どうぞ」

話が尻すぼみになってきた頃に、母がコーヒーの入ったグラスを2つ持って戻って来た。

「せっかくの夏休みなんだからゆっくり休んで気分転換しなさい」

父はそう言って話を締めくくり、コーヒーに口をつけると、テレビのほうに向き直った。僕は父の気遣いに感謝したいところだったが、次に言うべき言葉が見つからず、そのままにした。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『孤独な子ドクター』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。