その狭い入り口から恐る恐る艇を乗り入れてみて我々は息を呑んだ。湾内はまさに鏡のように穏やかで海面は一点の陰りも無く、海底がそのまま目に飛び込んできたのだ。まるで海水が引いた入り江の宙に艇が浮いているような不思議な感覚に襲われた私はその神秘的な海底にアンカーを打つ事が憚られ、仲間の二人に舫いロープを持たせてシュノーケルで左右の岩場に二点止めで艇を湾内に停止させた。そして、入り江の奥の崖下に白い砂浜があるのを知った私はハイパロンでバーベキューのネタと道具を陸揚げするよう指示してから、その美しさを保ち続けている理由を探るため潜ってみると、入って来た狭い入り口の海底は深淵となっていて深い水路を形成し外の海につながっていた。

従ってこの入り江は島の造山活動が収まった後、今日に至る悠久の年月を経て海水の出し入れを続けまた、人がその存在を知るようになってからも断崖に囲まれたこの入り江には陸から人が入り込めない地形となっている事から、原始の姿をそのまま保ち続けてきたのであろうと想像された。

さらに、入り江を逆に海から見ると激しく流れる海流と風波が岩礁に荒々しく打ちつけており、余程高い操船技術を持つ船長でなければ船でこの入り江に入る事は難しかろうと思われ、吹の江はそこに入る事のできる者だけが知る実に美しく神秘的な入り江である事が分かった。秘境たる所以である。

入り江を囲う岩場を左に回りこむと式根島創生の元であるカンビキ山が天空に突き出ており、当時白い噴煙を上げていた記憶がある。その下のカンビキ湾は広く深く、私はその後式根に渡るたびに仲間を入り江の奥の砂浜に上陸させた後一人ボンベを背負い狭い水路を抜けてカンビキ湾に入る事が多くなった。

その日は水中マスクのガラス越しに当時、加山雄三が有していた光進丸が停泊しているのが見られたが実はその砂の海底の先には深海に落ち込む峠がひそんでいた。一旦海底に下りた後、興味につられて峠の崖をつたいながら水深を深めて行くとその下は青黒くなっているだけで底は見えず、思わず水深計を覗き込んでみると、三五メートルを指していた。この深さは万一、事故があった時には一人では一気に浮き上がる事ができないと聞かされていた深さである。私は宇宙にいるかのような感覚に襲われ恐怖を感じてゆっくり浮上したが、どうやら透明度の高さに惑わされていたようだ。

[写真]秘境
※本記事は、2020年11月刊行の書籍『海の道・海流』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。