第二章 渡海

伊豆の島々

神子元通過を確認できた事に意を強くして更に走り続ける事四十分、海上に立ち込める左舷の朝靄の上に島の頭が見え出した。その高さから新島の山並みであろうと判断された。航路の中間辺りからうねりと南西の風波を受けたが艇はコンパス通りピッタリと式根に向かって走っていて、島の間を抜けていなかったのだ。

その海域の海は外洋に浮かぶ島の海なのに不思議に穏やかであった。

しかし、滑るように進む艇のスロットルを引きスピードを緩めると、急に回りの海が蒸し暑くなって同時に強い潮の香りが漂い始めた。海の様相は明らかに今までの陸続きの半島とは違う。仲間と語り合い、いつかはと願っていた新島・式根の海域に達したのである。

野伏港に舫った後、遂に海を渡ったと言う興奮を胸に漁師をしている民宿を訪ねると未だフェリーが入港していない時刻なのに何に乗って来たのかと聞く。眼下に見えるシーガルⅢ号を指差すと、エッと絶句して「今まであんな小船で島に渡って来た人は聞いた事が無い」と言わせるほど珍しい渡海であったようだ。

その後、度々式根に渡ったのは島にヨット仲間の間で秘境と噂されていた「吹の江」があったからである。吹の江は大瀬、戸田と違って島の造山活動で創り出されたのであろう、マグマが盛り上がり噴火した溶岩が左右に回りこむように海に流れ落ち、その先がドッキングしないうちに固まってしまったのであろうか大きな入り江となっていた。最初に吹きの江に入った時の驚きと感動が思い出される。