少しずつ高くなる声と低くなる体温

「帰ってきてないじゃないの」

「え? 仕事じゃないのか」

「カレンダーにシフト、書いてあるでしょ! 今日は休み。山に行くって言ってたでしょ」

良典はまだ、ぴんと来てないようだったが、明純はそのまま警察に電話を入れた。ちょうど一年前実家の認知症の父がいなくなり、翌日奇跡の生還を果たした時も、警察に届けたのは明純だった。

緑区の緑警察署に事情を説明すると一度電話が切れ、三十分後に警察署から「写真を持ってくるよう」言われた。明純はサクラの写真を用意し、サクラが置いて行った十四時下山予定の「登山計画書」をプリンターでスキャンして、また自分の車の運転席にすべり込んだ。すでに二十一時半になろうとしていた。

緑警察署で捜索願の手続きをしていると、最後に担当者が言った。

「先ほど、管轄の武蔵警察署から連絡があって、登山計画にあった武蔵山脈『毘(び)紐天(ちゅうてん)』駐車場で、息子さんの車が見つかりました」

眠れなかった。サクラはいつも下山した時「下山しました」とメッセージを送って来ていた。必ず、登った山の写真と一緒に。気づかなかった。家に帰るまで、そのメッセージが来ていないことに。

未明三時過ぎ。明純と良典は、ようやく体を横にした。いつしか、うつらうつらと緊張による疲れの波が押し寄せてきた。

未明四時を過ぎた頃だった。良典の携帯が鳴り、明純より先に寝付いていた良典が電話を取った。明純はぼんやりとしたまま、少し体を起こし良典を見た。

「報道していいかって」

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『駒草 ―コマクサ―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。