そこで、腕に覚えのある若者が二人、それぞれ単独で出かけていったが、どちらも戻ってこなかった。狩りに行って戻らない者も、ないわけではないがごく稀である。やはり魔物に食われたのだと、村は大騒ぎになった。

若者の一人はアトウルの親しい友人であり、もう一人はムカルの取り巻きの一人であったから、腕力ではムカルに及ばないながらも、おそらくは村一番の狩人であるアトウルが、次に行くのが当然のような成り行きになった。

しかし、アトウルはすぐには動かなかった。

ムカルは「アトウルは恐れているのだ」と嗤った。

アトウルが恐れているのは、魔物そのものというよりも、不確かさであった。

ムカルの怪我は、向こう傷というにはやけに長い割に浅かったし、くだんの洞窟にも獣か何かが住んでいそうな形跡はなかった。これまで知られていなかった獣かもしれないし、本当に魔性の何かなのかもしれなかったが、アトウル自身は半信半疑であった。

長老連に話を聞いても、ある者は様々な神話と伝承を話すばかりで、ある者は熊であろうと言うばかりであった。そんな中で、とある老女が、矢など青銅の道具があれば魔物の邪気を払える、と言うので、里の村で求めてみたが手に入らなかった。

これ以上先延ばしにすると、本当に臆病者として扱われかねない。

念のために夜の狩りにも適した満月の日に出発すると決め、弓矢と石斧と縄と食料を準備し、仲間に見送られながら早朝に村を出た。

北の森は、山がちで様々な木が生い茂っている。そんな中に走る獣道を、狩人たちは熟知し利用していた。

翌日の昼頃、洞窟が近づくと、アトウルは慎重に森の中を回り、反対側から洞窟の入り口が見える場所に陣取った。

持参した干米と干肉を食べながら辛抱強く待ったが何も現れない。

日が傾くと、アトウルにも焦りが生まれた。

暗くなってしまう前に、一度戻るべきか。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『東方今昔奇譚』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。