「お嬢様、あの西の方角の高い峰から東の山裾に至るまでの、この一帯が九右衛門様の所有する山林でございます。絵図では、ここからここまでですな。植林しておりますのは主に杉と檜です。欅や楓、松などもございます。大方苗木を植えてから三十年から五十年で伐り出されます。毎年この時期は、下草の」

「吾作、もういいわ。山を見たって面白くないもの。それに疲れたわ。もう帰りましょう。お父様には全て検分したと言ってちょうだい!」

吾作が苦りきった顔を伊助に向けた。

「伊助、私は足が痛いので、帰りは背負ってちょうだいね」

「お嬢さん、背負うのはいいが、まだ予定の半分も見てねえ。せっかく吾作さんが案内してくれてるんだからもう少ししっかり見たほうがいい。それにお嬢さんは今に、多くの杣人の上に立つんだから自分の足で歩いて、目で見て、山がどんなものか、杉や檜がどんな木なのかまで確かめたほうがいいと思うがな」

「うるさいわね。奉公人の分際で、もういいわ。歩けばいいんでしょ。歩けば…。このことはお父様にしっかり言いつけてやるから…」

吾作が下を向いてくすっと笑った。伊助は気にせずに結衣の後ろを黙々と歩いた。

一日をかけて山林を見回ったが、それでもほんの一部だった。結衣は慣れない山歩きに泣きべそをかき、足を傷だらけにしながらも何とか歩き通した。お蔭で枝打ちをしている杣人から頑張れと声を掛けられたり、お茶を振る舞われたりした。夕暮れになって帰る頃までには山道の歩き方のこつも覚え、枝打ちや伐り出した木材の運び方なども見ることができた。

屋敷に帰ると案の定、結衣は泣きべそをかきながら伊助を前にして意地悪されたと、えんえんと九右衛門やおさきに訴えた。九右衛門は結衣の手前一応、伊助を叱ったが、今までのように仕置きをされるようなことはなかった。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『ゑにし繋ぐ道 多摩川ハケ下起返物語』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。