聖徳太子に関する謎というものは本来起きるはずがないものだ、という教授の考えは沙也香も納得することができる。先日見てきた法隆寺の本尊である釈迦三尊像にしても、造られてから法隆寺の金堂に安置されるまで、百年以上もの間、どこに置かれていたのかわからないという。

これほど重要な仏像が、いまの場所に安置されるまでどこにあったのかわからない、というような事態が起こり得るだろうか。常識では考えられないことだ。また現在の法隆寺が再建されたということはかなり前からわかっている。そして『日本書紀』にも最初の伽藍はすべて消失したと明確に記述されている。しかし近年の科学的な調査結果から、旧法隆寺が焼失したとされる六七〇年には、現在の金堂はほぼ完成していたのではないかと推測されるという。これはいったいどういうことなのだろう。

このように自分の目で見てきたものだけを考えても、誰かがなにかを隠していなければ起きるはずがない謎だ。釈迦三尊像を例に取れば、いつ誰が、どこで造り、どこに安置されていたのか─当時の人がそんな具体的な事実を知らなければ、現在のように法隆寺の本尊として金堂に居座っていることはできなかったはずなのだ。

また法隆寺が焼失したとされる六七〇年には、現在の金堂はすでに建っていたという結論は、科学的な調査で明らかになった事実から推定されたことだから「一屋も余すことなく焼けた」と書かれた『日本書紀』の記事は真実ではないということになる。すると誰かがウソをついている、というか─誰かがなにかを隠そうとしたことは間違いないようだ。

※本記事は、2018年9月刊行の書籍『日出る国の天子』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。