英国国立ウェールズ大学経営大学院にて医療経営学修士号を取得した臨床医が、現代の医療経営の諸問題を追及します。

代表的な戦略論

3)選択と集中

特定の領域に経営資源を集中する専門化戦略を意味します。経験や情報の集約が図られ、経験曲線効果が早期に得られます。ターゲット を絞り込むことで市場規模は縮小しますが、競争優位性を高めること で、競合を寄せ付けずに、その市場で高いシェアを取り、収益性を上 げるという戦略です。

マイケル・ポーターは、それぞれの医療機関がすべての診療科目をそろえて、自己完結型病院を目指したことが医療戦略の失敗であると指摘しています[13]。

医療経営戦略では「選択と集中」が重要です。自院の経営資源・地域市場・競合病院の特徴の三者を比較しながら、どの疾病・診療科目かを「選択」して、そこに資源を「集中」して、いかに他院に真似のできない「差別化」を図るかです。診療科の絞り込みは後退を意味しますが、それにより余剰人員・医療機器・ランニングコストなどを振替配転し、その分を基幹診療科目へ集中投資することで未来戦略が打てることや、危機感を煽って組織風土を改革できるメリットがあります。

ポーターによれば医療の提供で規模の経済を発揮するのは主に個別の診療科であり、病院全体では機能しないと言います。ところが日本国内ではあらゆる診療を提供しようとして、医療サービスが極端に分散してしまう結果になっています。

選択と集中で成功した事例と言えば、高所得層がターゲットのやや高級なレストランやホテルの予約サイトである「一休.com」や、軽自動車のみに特化したスズキ自動車などが典型です。医療においては鼠径ヘルニアに特化し、在院日数が短く術後の合併症も少ないカナダのショールディス病院が有名です。特定の病態に特化することで、豊富な経験を蓄積し、臨床データを十分に収集できます。より専任化したチームを編成でき、好循環が生まれます(図表)。

[図表]選択と集中が好循環を生む

特定領域の症例数を増加させることによって医療機器メーカーや製薬企業との交渉力も増します。熊本市は急性期病院(済生会熊本病院、熊本中央病院、熊本市立熊本市民病院、熊本地域医療センター、国立病院機構熊本病院)が乱立する医療激戦区にあり、競合する医療環境にありながら、互いに特色を出して差別化することで、同じパイを競い合うゼロ・サム競争ではなく、ポジティブ・サム競争を行った成功事例と言えます。

互いの病院の価値が高まれば、優良な病院と患者の双方にメリットがあります。患者に高度な医療を提供できる病院が増えるほど、そこからメリットを受ける者の数も増えます。ポーターによれば医療価値を向上させる競争の下では、医師たちは優れた医療提供者と協力関係を築くようになり、ケア・サイクルの要所要所で患者を適切な医療提供者に任せるというプロセスが進みます。そしてこれが医師の差別化を図る方法の一つとなります。

またどのような医療機関もあらゆるサービスを提供する必要はなく、目標は護送船団方式でなく、それぞれの専門分野で、優れた医療提供者が成長するように促せばよいのです。

※本記事は、2017年12月刊行の書籍『MBA的医療経営』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。