実際には、杉井は、入隊以来、戦地に行きたい、行きたくないというようなことを口に出すことは意味がないし、少なくともメリットは何もないと思っていた。しかし、明らかにしょんぼりとしている山口を目の前にすると、自分と山口は気持ちの整理の仕方に若干の相違があるとは思いつつ、生産性のない慰めが自然と口をついて出た。

「そう。杉井でもそんな風に考えるんだね。杉井などは、何の迷いもなくやっているように見えたけどなあ。でもやっぱり俺は軟弱だね。もっと堂々と前を向いて歩くようにしよう」

そう言って、山口は、寝台の整頓を始めた。他の中隊にいた、静商の剣道部で一緒だった下柳も不合格だった。学校時代に文武ともに立派だった下柳は、山口以上にショックを受けているのではないかと思い、発表直後は話をしに行くのもはばかられたが、出征の前日になって、さすがに、杉井も一言お別れを言いに行った。下柳は、杉井を見て表情を固くした。

「下柳、いよいよ出発だな」

「……」

「中支は気候もここや静岡より厳しいという。体に気をつけて」

「……」

杉井は、これ以上言葉をかけるべきでないと判断した。

「それじゃ」と言って立ち去ろうとすると、背後から下柳の声がした。

「三ヶ月間犬猫の飼育同然の訓練を受けただけで戦地に放り出される人間の気持ちは今のお前には分からないだろうなあ」

これが明日出て行く者たちの本音なのかも知れないと杉井は思った。杉井は、もう一度振り返り、下柳に黙礼をして、自分の中隊に戻った。

※本記事は、2019年1月刊行の書籍『地平線に─日中戦争の現実─』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。