本日、僕らが阪神尼崎駅前にいた理由。それは入院しているオカンのために、駅前の専門店街・尼センデパートに買い出しに来ていたからだ。病気入院という事情なので、女性目線でアイテム選びをした方がベターだろうということでマコトが彼女の美樹に付き添いを頼んでくれた。

ダラダラと買い物をする僕らとは異なり、クラス委員長として培われたリーダーシップを遺憾無く発揮。彼女は手際よく、てきぱきと入院アイテムを選んでくれた。

ヘアバンド、ヘアゴム、化粧水やクリーム、手鏡、ウエットティッシュなどなど、僕ら単細胞のメンズ頭では到底思いつきもしないだろう部分を美樹は補完してくれた。ヘアゴムなんて逆立ちしても、絶対に思いつかない自信が僕にはある。僕は美樹に感謝した。

立ち漕ぎした美樹の背中が見えなくなるまで、マコトと二人で手を振った。少しの間、美樹のことについて、とりとめもない談話をした。

そうこうしているうちに、僕ら若者の腹は至極わかりやすく鳴る。三和本通商店街の中にある「赤い中華」という中華料理店、通称、赤チュウを目指して、僕とマコトは歩を進めた。

歩きながらマコトが「駿ちゃん、赤チュウって土曜やってるやんな?」と問うので、「商店街で営業してて土曜休みはなくない? 多分、やってるやろ」と僕は答えた。マコトが「もはや、口が赤チュウ餃子の口になってもうてるから閉まってたら最悪や、思て」と自分の口の周りを人差し指を使って、くるくると円を描きながら言った。

「餓死する寸前でも、もう、赤チュウの餃子以外無理やわ」とマコトが付け加えるから、僕は「大袈裟やねん、お前は」と言ってやった。「だって、あの100円餃子ヤバイやろ? 一人前100円やで、100円。原価どないなっとんねん、みたいなことやから!」僕は雄弁に喋るマコトの調子に「まぁな」と万能の応答を返した。

噴水広場を西方面へ抜けると、左手にペンチ、右手に金槌を握りしめ、髪を逆立てた勇ましいハニワのような鉄鋼戦士の銅像が建っている。工業とともに発展してきた工都・尼崎をイメージした「工業の神さま」像らしい。十代の僕的にはいっそ「笑いの神さま」像を尼崎市が建立すればいいのにだなんて無責任に思ったりする。

中央公園を出て、紅白を基調としたパチンコ屋と、ピエロマークのゲームセンターを横目に五合橋線沿いを南へくだり信号を渡ると、そこが尼崎中央商店街である。商店街の入り口看板には、この商店街を金融という側面から支えてきた尼崎信用金庫、通称「あましん」という表記が象徴的である。

この商店街は古くから尼崎市の中心として発展してきた場所なのだとオカンが口癖のように言っていた。飲食店、精肉屋、魚屋、スーパーマーケット、床屋、文房具屋、駄菓子屋、眼鏡屋、遊技場など600店舗ものショップが、現在も尼崎市民の衣食住を支えている。

マコトと二人で商店街を闊歩。右手にパチンコ屋、左手にパチンコ屋、少し歩くとまたパチンコ屋、日本中のパチンコ屋がここに集積している気さえするほどパチンコ屋が犇(ひしめ)いている。

前述の僕の商店街の解説を訂正させて頂きたい。衣食住に一つ足す。すなわち、この商店街は、古くから尼崎市民の「衣食住賭」を支えてきたのだ、ということで上書きの程よろしくお願い申し上げます。

居酒屋ごん兵衞を越えて商店街を突き進むと、3丁目カーニバルというゲームセンターが見えてくる。たくさんのUFOキャッチャーが並ぶ。エヴァンゲリオンの初号機フィギュアや、たまごっちなど若者に流行の景品がラインナップされる。

案の定、単純で馬鹿なマコトがそれに引っ張られるように立ち止まろうとするが、想定の範囲内の彼の行動に、僕は「はよ、餃子食べに行くぞ」と彼の行動を制限してどんどん先に進む。「待ってえやぁ」と言いながら、僕の後ろを追いかけてくるマコト。

まるで子どものようなビヘイバー。僕は無視して、赤い中華を目掛けて進軍を続ける。

「駿ちゃーん? 天ぷら食べ歩きせえへん? しょうが天、美味そうやん?」

マコトが江戸時代から代々続く老舗揚げ蒲鉾屋を指差して、再び戯れ言を発するから僕は、「いや、自分、餃子の口なんやろ? 赤チュウ餃子以外、無理やて言うてたやん!」と指摘すると、「でも、美味そうやも〜ん」とマコトが返す。

僕は面倒臭くなって「はよ、行くぞ」と言って歩を進める。マコトが諦めてついてくる。再び、二人で商店街を闊歩。アーケードに吊るされた阪神タイガースの黄と黒の提灯をくぐって歩き続ける。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。