おい、ぼやぼやしないで皮切りしようぜ、俺たちの班は遅れているらしいから。高久のやや非難めいた声に僕は我に返って、テキストをのぞき込む。そこに説明されている、背中側のほうが腹部の側より真皮が厚い事を僕はそれまで知らなかった。

なるほど、これは四足歩行のなごりだろうか、と勝手な事を考えていると、全員ほぼ同時に分担を切り終え、背部の皮切りが終了した。脂肪などの皮下組織は腹部に比べて少なく、筋肉群は意外に早く全貌を現した。僧帽筋、広背筋、大殿筋の筋膜を貫いて左右にそれぞれ縦に列に並んで分布する神経群などを観察した。

テキストに従って次はうなじの部分の皮切りを始めた。実習も進み、慣れて来てはいたが、他人の首の皮を切って剝いでゆくのは、生身の人体でないとはいえ、あまり気味のいいことでは無かった。ライへがうつ伏せになっていても、斜めから見下ろす角度によっては横顔がかすかに見えてしまう。

黒目、角膜の白濁したまなことシワのよった鼻が、自分の網膜に何かを訴えかけるように思える。メスの当たる部分に集中していると見えないが、恐い物見たさでつい顔面に注意が向いてしまう。

うっかりメスで指を軽く突いてしまった。ゴム手袋が細長く口を開け、その向こうに血液が赤く滲んでいる。