生命の崇高と人体構造の神秘を描き切る傑作。

ほぼ100日、約3カ月におよぶ正統解剖学実習。死者と向き合う日々のなかで、医学生たちの人生も揺れ動いていく。目の前に横たわる遺体(ライヘ)は何を語るのか。過去の、そして未来の死者たちへ捧ぐ、医療小説をお届けします。

第2章 乳房が簡単にずれて、はずれる。筋肉や骨を切断する

結局、そのまま片側だけ着地させて横臥位にした後、四人で両足と両手(肩)を持ち、合図で同じ向きへ回転させた。勢いが強すぎて、どすんと音がしたが、痛いとも言わず、ライヘはそこへうつ伏せに横たわった。下に置かれていた2本のまくら木のせいで凹んだ背中の跡が、痛々しかった。

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反省点として、あらかじめ四人で相談して、段取りを決めてから、反転という行動へ移るべきだった。全員、予習不足の証拠でもあった。

まず体表観察だが、テキストに曰く、後頭部での外後頭隆起、椎骨の棘(きょく)突起、肩甲骨(けんこうこつ)、腸骨稜(りょう)の確認などなど。外後頭隆起は、自分の場合、骨学実習で初めて知ったのだが、子供の頃自分の頭の後ろに、身に覚えのない瘤のような物が有るのに気付いて以来、長い間自分は異常ではないか、と思っていた経緯が有る。

また、老人や長患いで衰弱して死亡した遺体では仙骨の辺りに床擦れが見られる事が有ると言う。なるほど、自分たちの班の遺体にも腰の下、仙骨の辺りに傷口が開いている。長く患った末に亡くなった証拠だった。

どのような闘病生活をしていたのだろう。どのような経緯で献体する決心をしたのだろう。自分が死ぬ時もこのように長患いなのだろうか、その時自分は献体をしようと思うだろうか。