「わたしに芸術面のサポートをして欲しい。これは正直に認めるが、芸術性では芹生にかなわないと思っている。どうだ、受けてくれるか」

川島が俺の芸術性を素直に認めたことは驚きだが、川島にとって芸術性はその俗欲を満たすためのアイテムでしかないのか。しかも自ら苦悩することなく、金で手に入れようとする姿勢に憤りを覚えた。

「悪いけど断る。芸術性を追求するって、そんなに軽いものじゃない。誰かに手伝ってもらうようなことでもない」

「それはどうかな。芸術性を高めるための文体や比喩表現はあくまで文章スキルだと思う。スキルである限りは、他者から取り入れることは可能だろう」

「思索することが大事なのだ。答えの見えない闇の中で、たった一人で悩んで悩みぬいた葛藤の末に、ようやくおぼろげに見えてくるものだ。上っ面の文章表現だけかすめ取った作品は所詮偽物だ」

川島のため息が聞こえる。

「まさに直球勝負、オールドファッションな芹生らしい台詞だね。相変わらずのこだわりが素晴らしい。でも、そんな考えは時代に適応できない恐竜だ。変化についていけなければ滅んでしまう。今あらゆるジャンルにおいて、個人の技量だけで世間に評価される成果を産みだすことは困難になっている。トップアスリートを支えるサポートチームしかり、ノーベル賞級の成果を生みだす研究チームしかり。受賞者は一人かもしれないが、支えるチームがあってこその賜物だ。芸術の世界だってそうだ。音楽、映画、アニメはもちろん、ドラマの脚本だって米国ではチームで制作することが当たり前になりつつある。小説の世界だけがいつまでも職人的な発想から脱皮できないのは、おかしいと思わないかい」

「俺はそうは思わない。小説の世界はあくまでも作家個人の思索、思想の表現だ。もちろんエンタメを創るだけならチーム制作もあり得るかもしれないが、純文学ではあり得ない。ましてや芸術表現の部分だけを都合よくかすめ取ろうなんて虫が良すぎる」

川島への反論は燃料となって俺の憤りをさらに滾たぎらせた。川島のせせら笑いが耳に刺さる。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『流行作家』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。