持ちかけられる「小説家のアシスタント」の話

「アシスタント? 俺にお前の助手になれと言うのか。断る」

アシスタントという言葉の響きに反射的に腹が立った。

「そう感情的になるな。いや、言葉が悪かった。アシスタントというよりパートナーだ」

「どっちでも同じことだ。結局はお前に使われるということだろう。川島、いくら売れっ子になったからといって同窓生を顎で使おうと思うな。あるいは三文文士への同情か」

「まあ落ち着け。芹生だからこそ頼んでいるんだ」

「どういう意味だ」

「ざっくばらんに言う。実は、ベストセラー作家になったとはいえ、まだ自分の作品に満足はしていない」

「ふーん、たいした向上心だね。愛澤一樹は既に至高の高みに到達しているのかと思っていたよ」

「ある程度はね。でも高みに登れば登るほど、さらに高いところが見えてくるのさ。それに、芹生からみればわたしの作品はまだまだ芸術的には未熟と思っているはずだが」

意外な言葉だった。あれほど自信に満ち溢れ、驚異的なペースでヒット作を量産する男でも創作の悩みがあるのだろうか。あるいは果てしなき野心の裏返しなのか。

「意外だね。『芸術とエンターテインメントの融合』を豪語して、創作の孤独な葛藤など無縁の愛澤先生はどこへ行ったんだい」

「なーんだ。わたしの出演した番組を見たのか」

川島の高笑いが聞こえた。しまった、と思ったが認めざるを得ない。

「ああ見たよ。見て、改めてあんたは凄いと思った。あんな台詞(せりふ)は俺には吐けない」

「なるほど。はっきり言ってヒットを創作することに悩みはない。あの番組で話したとおり、アイデアはいくらでもある。だが、これまでわたしが世に出したベストセラーは、おそらくいずれは忘れ去られ、歴史的に評価されることはないだろう。これから欲しいのは残る作品だ。言い換えれば『愛澤一樹』の名を文学史に残したい」

一瞬返す言葉を失った。文学史に名を遺す…。その予期せぬ言葉を聞いたとき、川島の飽くなき野心が憚(はばか)ることなく堂々と目の前に現れた。俺は平静を保とうとした。

「たいそうな志だね。それでいったい何をして欲しいんだ。そんな大それたことに俺ごときが力にはなれないぞ」