「二人とも今日はありがとな。なんか奢るし。商店街の赤い中華で餃子でもどない?」

「マジ? 駿ちゃん! 餃子に限っては遠慮なく頂きます」

「お前は餃子に限らず遠慮したことなんかないやろ!」

僕の発言にマコトと美樹は大きく笑った。それに反応して、噴水広場の数羽の鳩が飛び立った。

「私、これから塾やねん。やから私はパス。マコトと二人で行ってき」

「ほんなら美樹には、また別日にご馳走するわぁ」

「餃子やなくて、私は超高級デザートでよろしく。じゃあね」と美樹は悪戯っぽい笑みを浮かべて、ローマ調の石畳道路が似合いそうな黒のオシャレ自転車にまたがってペダルを漕ぎ出した。広場で戯れるオッサン達に衝突しないようにスイスイと自転車を走らせる。

阪神尼崎駅前の噴水広場には多種多様で愉快なオッサン達がたくさん生存している。何の仕事をしているのか容易に推測できない深みのある人間が多いのだ。急にオッサンのキャップ率が激増する。

阪神タイガースファン率も激増、ママチャリ率も同じく激増なのである。そんな愉快な人間を観察することが当時の僕はとても好きだった。黄と黒の阪神タイガースカラーで全身をキメた濁声のオッサン。その隣で同伴中のエロそうなお姉ちゃん。今夜、阪神戦のナイターはないのだが、プライベートでさえも猛虎感を出す。ポリシー半端やなくて大和魂すら感じる。

奇抜でタイダイ染めTシャツを着て、麻素材のベレー帽を被った革命家みたいなゲバラ風オッサン。ここはアルゼンチンやなくてアマゼンチンなのだけれど、世界を視野に入れたワールドワイドな思想に僕は敬服の至りです。

この場所をトレビの泉と勘違いしているのか、噴水にタバコの吸い殻をコンスタントに投げ続けている毛むくじゃらのオッサン。噴水に投げ入れる相場は、もちろんセントなどのコインだ。しかしながら数%の確率しかなくたって、自分を信じてゴミを投げ続けて願いを叶えようとしている彼は、もしかしたら思考を現実化させようとした引き寄せの法則を発見した時代の先駆けなのかもしれない。

民族的なドでかい太鼓を首からぶら下げて、ドンドン太鼓を叩いてヘラヘラ笑っている前歯のないオッサン。あえて前歯を入れないスタンスは、何かしらの思想かあるいはファッションへの強いこだわりなのだろう。駅前で当該行為を実行する彼のチャレンジ精神に僕は敬服する。将来は兵庫県立ピッコロシアターの舞台に立って演奏して欲しいと僕は願う。

円陣を組んで座り、コンビニで購入した缶ビールと焼き鳥片手に宴を開催している競艇帰りのオッサンとオバハン。大人になった僕が後から振り返ってわかったことなのだが、この手法は20年後に到来するグランピングブームの先駆けに違いない。彼らの先見の明に僕は感動すら覚える。

ボロボロのどデカイCDラジカセを自転車の前カゴに突っ込んで、誰やねんっていう演歌歌手の曲をガンガンにかけて公道を自転車で走る犬を連れた上半身ハダカのオッサン。犬には綺麗なカラフルの服を着せて自分は上半身ハダカだ。

己を犠牲にしてまでも動物を守る。これぞ現代社会に降臨した五代将軍徳川綱吉の生まれ変わりなのかもしれない。犬に服着せ、自分はハダカ。平成の時代に生類憐みの令を励行するというこの犬公方ぶりは、まさしく近代社会における動物愛護精神の先駆けではないか。

本当に凄いのだ。この駅前広場という尼崎の聖地は。時が経って、大人になった僕は「ダイバーシティ」という用語をスマホでググる。ダイバーシティとは「多様な人材を積極的に活用しようという考え方」のことらしい。

ともすれば、阪神尼崎駅前のこの噴水広場という場所では、性別や人種の違いに限らず、年齢、性格、価値観などの多様性を幅広く受け入れ、広く人材を活用していた。僕が生まれ育ったこの街では、どこの都市よりも、「ダイバーシティ」を擁護してきたと思うし、その概念を実現してきたある種先進的な都市だったのだなと思う。そう思うと僕は、強い個を大切にするこの街をずいぶんと誇らしく思うのだ。

そうだ。この世に生まれてきた誰しもに、役割や使命が存在するのだ。この世界にいらない人間など一人もいない。大人になった今から振り返ってみても、この噴水広場を俯瞰してみるとそんな大きな観念めいたものを抱いてしまうから、不思議な気持ちとなる。

美樹は少し茶色がかったポニーテールを揺らしながらペダルを漕ぐ。

多種多様で圧倒的カオスな集合体に自転車で飛び込んで、右へ左へ蛇行運転して自律した強い個を躱しながら颯爽と走る。どんどんスピードをあげながら、彼女は繁華街の方へ消えて行った。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。