《日本の補助金制度もすでに転換期に入っているが、他方府県関係者のアンケート結果が示しているように、現行の補助金制度の根本的改革をもとめる機運が自治体関係者のなかで大きく高まっているとはいえない。むしろ一九七〇年代にみられた自治体関係者の補助金改革論は後退し、手慣れた補助金システムのなかでの行政に安住する雰囲気が強まっている気配もある。》

加茂の言う「行政に安住する」主体がなんであるかははっきりしないのだが、補助金のシステムが行政のなかにしっかりと組み込まれている、ということなのだと私は解釈する。だとすれば、そこには党利党略によっては大きく変容されえない部分がある。あるいはどの政党が政権を担当しても大差がない部分があるのではないか。

広瀬は、野党が補助金のメカニズムを明らかにして、その弊害を国民に示せば補助金が肥大化するのを防げたかもしれないと書いたが、果たしてそうだろうか。野党が政権党になったとしたら補助金は大きく変化するとは思われない。

無担保無保証が売りのマル経のモデルとなったのは、広瀬も書いているとおり、蜷川虎三知事の京都府の小口融資制度である。マル経は政党を選ばないのだ。共産党が政権をとっても、たぶん補助金が大きく減少することはないだろうし、むしろさらに増えるかもしれない。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『補助金の倫理と論理』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。