僕は物心がついた頃、「笑い」という魔法を手に入れた。兵庫県尼崎市というお笑い文化の根付いた地域で生まれ育ったオカン。僕の祖父にあたるオカンの父親は大の上方落語ファンだった。

仕事そっちのけで連日寄席通いをし、贔屓の噺家の落語をオカンを連れて観に行っていたらしい。そんなお笑い文化を纏った幼少期を過ごしたオカンであったので、やはりお笑いが大好きな大人になったようだ。時代的なブームもあり、オカンは落語よりも漫才に熱狂していたようである。

お笑いオタク。そう呼べるくらいにオカンはお笑いに造詣が深かった。基本的にはおとなしい温厚な性格で、人に気を遣ってばかりの優しいオカンであった。

しかしながらお笑いのことになると、とても真剣で厳しい人だった。そんな彼女だったので、僕は勉強や教養は教えてはもらえなかったのであるが、お笑いのスパルタ教育は常に受けていた。

どんなに自分が恥をかいても、自分の価値を下げられても、周りが笑ってくれたらオールオッケー。そのような芸人的思想を幼い頃から叩き込まれた。そんな家だった。

休日は、オカンと二人で、民放で放送されるタダの漫才番組をただただ観た。番組終了後、どのコンビが面白くて、どのコンビが面白くなくて、ネタのどこのどの部分が面白かったのか、どこのどの部分が面白くなかったのかを互いに分析して発表しあった。

まるで賞レースの審査員のように、僕とオカンは徹底的に議論した。果たしてこの議論のゴールがどこにあるのか、全くわからなかったのだけれども、お笑い好きな親子二人にとってその議論する時間そのものが至福の時間だった。

だって、笑ってる時って、辛いことだって、苦しいことだって、何もかも忘れられるのだ。本当に魔法だと思う。いや、僕にとっては完全に魔法だと言い切る。

オカンと一緒に笑っていると、僕らに纏わりつく負が一瞬消えてなくなる感覚となる。至福の時間が終わってしまうと、その負は僕らの目の前に鮮明な輪郭を押しつけてくるのだけれども、僕らが苦悩するその負が消えて無くなるその瞬間、魔法が解けてしまうまでのその時間が僕らにとってとても幸せだった。

ど貧乏な僕らには、本当に「笑い」しかなかったのだ。二人でいると笑いが絶えなかった。あんな笑いや、こんな笑いで、纏わりつく負を僕らは乗り越えてきた。

そんな僕ら親子に追い打ちをかけるように、オカンが胃がんになった。世の中は世知辛くて黒い。しかも普通の胃がんではない。スキルス胃がんという進行がんだ。

胃がん全体の十パーセントを占める進行が早くて悪性度も高く、早期発見も難しいという死に至る病だ。オカンと僕は、貧困に加えて、病魔とも闘っていかなければならなくなった。

書籍やインターネットで調べてみると、アガリクス、プロポリス、サメの軟骨という健康食品が、がんに効くらしいという事を知った。ネット上に書き込まれた「アガリクスを飲んで、がんが消えた」なんていう憎たらしい情報を見つけると、僕は悔しくて悔しくて下唇を噛んだ。

なぜならば、それらの健康食品はあまりにも高級品で僕には到底手の届かない代物だったから。健康であり続けることにも、詰まる所カネなのだ。

何が法の下の平等だ。ちくしょう。僕にはカネなどない。あるのは「笑い」だけ。

そんな僕が、放課後の情報教室で奇跡的な出会いをした。そいつは、オカンを蝕む憎きがんを駆逐することができるNKという殺し屋だった。そいつとなら活路を見出すことができるかもしれない。

なぜならば、そいつへ支払う報酬は貨幣などという不平等な対価ではなかった。彼への報酬は、この地球上で人間だけに許された特権である「笑い」という代物であったのだ。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『尼崎ストロベリー』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。