風間は、内心はその通りなのだろうと思った。そこで不本意ながら就職活動をし、そこそこに名の通った出版社に就職した。雑誌の記者として揉まれた。確かに、一人アルバイトをしていたのではとても得られないような経験をするし、人脈も出来る。

だが、五年経ったとき、風間はやはり自分は会社に向いていないと思った。仕事は面白くなってきた。書いた記事に反響があればうれしい。社内の人間関係にも不満はない。だが、人にはいえない焦りがある。

自分は、こうした仕事をするためにこの世に生まれてきたのだろうか。

それは贅沢な悩みかもしれない。不況の時代に、風間の給料はそんなに悪くはないのだ。人並みに暮らせるだけでも有難いと思え、と父親から言われそうな気がする。だが、やはり満たされないのだ。

芝居がしたい。夜見た夢の世界を伝えたい。芝居をしているときの充実感に比べたら、今の生活はにせものだ。にせものの生活をして、年をとって死んでいくのは絶対に嫌だ。

風間は辞表を提出し、やはりぶらぶらしていた仲間と小さな劇団を作った。アルバイトを転々と変えながら、わずかな資金を稼ぎ、夜になると芝居の稽古をした。仕事と趣味の両立はきつい。好きでなければとてもやっていけない。

その間に、体を悪くしていた両親が、次々に死んだ。母親は最後まで、風間の将来を心配して死んだ。父は、死ぬ間際に風間を見つめて、まあ、生まれるときと死ぬときは人間裸なんだから、好きなようにやるのもいいかもしれないな、と言った。そのとき、父は本当に穏やかな顔になっていた。それからしばらくして呼吸が苦しそうになった。空気が足りないとでも言うように口をあけて必死に息をする。

食いつくような呼吸は数度でとまった。

記憶の底が凍ってしまったような夜だった。心臓につないである機械の音が止まって、しんとした廊下にあわただしいスリッパの音が行き交った。脈を確かめた医者が目礼するのを、風間は他人事のように眺めていた。

人はあのように死ぬのだな。

風間は文字通り、天涯孤独な身の上になってしまった。祖父母やおじおばもすでに世を去り、最も近い血縁が、わずかに数度会っただけの従妹という状態になっている。

風間はますます芝居にのめりこんでいった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『百年後の武蔵野』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。