第一章 道 程

【7】

車窓から望む小高い丘に、深緑の葉を茂らせるオリーブの木々が見える。隣の席では、美穂がラジオから流れてくるフェアーグラウンド・アトラクションの「パーフェクト」に合わせてハミングしている。現実味の乏しいシチュエーションに、宮神はしばし言葉を失っていた。

自由行動初日の朝、上杉は予言どおりに腹を壊した。正確には、仮病を装って腹痛を訴え、外出を辞退した。むろんゆっくり静養などをする気はなさそうで、「おまえらが出かけたら、島の自然をゆっくり見てくるよ」と、小声で耳打ちされた。

美穂は「まさか本当にお腹を壊すとは思わなかったな」と苦笑いしていたが、「せっかくだし、ふたりで行こうか」と宮神を誘ってくれた。必要以上に異性を意識しない、サバサバした性格のようだ。緊張のせいか、宮神はかすかに腹痛をおぼえた。昔から、大一番を前にするとお腹がどうしてもゆるくなる。仮病でピンピンしている上杉が羨ましかった。

行きたい場所を聞かれ、宮神が二十四の瞳のオープンセットを見学できる映画村に行きたいと言うと、美穂も「あの映画は私も好き」と、にっこりと頷いてくれた。センスを認めてもらえたようで、なんだかうれしかった。

結局、美穂の運転する軽自動車に乗り込み、島の海岸線を一周して思いついたところに寄る、という話になった。宿から出発して東へ進み、醬油記念館で醬油のソフトクリームを食べてから映画村近辺へ向かった。

目的地である岬の分教場は、映画村から少し離れた海べりに建っていた。スクリーンで見たままの木造校舎は、宮神の気分を高揚させた。主役の大石先生が教鞭をとった教室は、撮影時の空気をそのまま閉じ込めているかのように厳かだった。机や椅子、黒板といったセットもそのまま残されている。

「映画村ではこの場所が一番好きだな」

美穂はしんみりとした口調でそう語った。

「宮神くんは、映画のどんなところが良かった?」

「大石先生の子どもたちに対する思いだね。『こんなにきれいな子どもたちの瞳を汚したくない』みたいに誓うシーンがあるでしょう? その思いが胸に沁みたよ」

「うん、わかる。私は戦後に大石先生が分教場に戻ってきて、子どもたちを前に泣いちゃう場面も好き。かつての教え子の子どもが混じっているのよね」

「そうだったね。しかし、映画でも景色がきれいだと思ったけど、実際にこの目でみると段違いだよ。こんな美しい島で勉強ができる子は幸せだね」

「それは田舎を買いかぶりすぎじゃ。島にだって良いところもあれば悪いところもあるよ」

美穂は笑ったが、表情にはかすかな陰が差し込んだように見えた。

※本記事は、2019年10月刊行の書籍『AMBITION 2050』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。