「でも今月末にもう出征させられることに抵抗はないのか」

大道は、口元にかすかな笑みを浮かべて言った。

「それは嫌さ。軍の中で偉くなりたいという気持ちがあれば別かも知れないが、そうでもないのに早く戦地に行きたいと思う奴などいないだろう。でも早く出征して、早く御役御免になって、郷里に帰してもらえれば、俺はそれが一番良いと思っている。日本国民として最低限の義務は果たさなくてはいけないけれど、それ以上のことはお国も俺みたいな奴には期待していないだろうし」
「そんなことはないと思うが……。いずれにしても出征の準備はあわただしいな」
「心の準備はとっくにできているから、あとはお国の命のまま、淡々とやるさ。それより、杉井こそ頑張って予備士官学校へ進めよ」
「うん。俺もただ目の前のことをこなしていくだけの人間だが、折角合格させてもらったんだから、もう一つ上にいけるように頑張るつもりだ」
「杉井なら何でもこなせるさ。いずれはお前も出征するだろうが、体には気をつけるんだぞ」

※本記事は、2019年1月刊行の書籍『地平線に─日中戦争の現実─』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。