思いもよらない言葉に、ぼくはうろたえてしまった。

「あ、……ありがとうございます」

主人は椅子から立ち上がり、脚立を立て、棚の上にひょいと手を伸ばし、人形を抱きかかえた。人形の足が、ガラッと音を立てて伸びた。

主人はすとんと脚立から飛び降り、人形を大事にレジのテーブルに置いた。いつもレジで丸くなっている小さな主人の俊敏な動きに、ぼくは驚いた。

それは本当に一瞬のことだった。静かにぼくは彼を見つめた。

「ありがとうございます」

ぼくは頭を下げ、銀行の封筒を差し出した。

「いえ、けっこうです。差し上げるのですから」
「でも……」
「はい。あなたなら、この子を可愛がってくれるでしょうから……きっと」
「本当に、いいんですか?」

主人は、厚い眼鏡の奥でぼくを見た。

「はい」

主人は、大事そうに英字新聞で「彼」を包むと、古めかしい、それだけで値打ちのありそうな手提げ袋に入れた。

「仲良くしてくださいね」

主人は眼鏡を上げて微笑むと、ぼくをじっと見た。

ぼくは店を出た。夕陽が眩しい。手提げ袋をしっかりと抱いて商店街を急いだ。行き交う人がすべて、「彼」を奪いに来る敵のように思えた。

※本記事は、2018年3月刊行の書籍『ブルーストッキング・ガールズ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。