「……いくら皇上とはいえ、無礼ではないか? そもそも、皇上が即位できたのは、皇太后さまのおかげではないか。それを何ぞや、お目どおりもかなわぬとは!」
「せっかくお越しくださったところ、ざんねんだが、いまは、なんぴとたりとも、邪魔だてできない。後日、再訪されてはどうか」
「今宵のことは、つつみかくさず、太后さまに、ご報告申し上げるからな!」

つかいの宦官は、すごい剣幕で捨てぜりふを吐いて、去っていった。

「なにが、あったんです?」
「見てのとおりだ。こりゃあ、また、大変なことになるぞ。そなたも、覚悟しておけよ」
「覚悟、といわれましても……私めは、今日、宮中入りしたばかりで、右も、左も、わかりませぬ」
「ここでお仕えするのなら、記憶にとどめておけ」

そこで師父が宮廷の裏事情を教えてくれたのは、まことにありがたいことであった。裏事情こそがほんとうの事情であって、表向きの事情など、とるに足らぬ些事である。

「万歳爺(ワンスイイエ)と、張(チャン)太后さまとの仲は、年々、悪くなってゆくばかりで、われわれ宦官の、大きな悩みの種なのだ。仁寿宮からのつかいが、怒って帰っていったろう。あれはな、弟御の建昌伯(けんしょうはく)さまを釈放してほしいという、太后さまの意向をつたえに来たのだ」

建昌伯(けんしょうはく)さまなら知っている。一時はこの人こそわが貴人か、と思いもしたが。