さらに南下すると……

一九八八(昭和六三)年二月五日、南インドのケララ州にあるトリチュール、コーチンおよび赤道直下に程近いトリバンダラム地方へと旅を続けました。タミルナードウ州が商工業を中心としているのに対して、ケララ州は農業を中心としたところで、一つの州というよりも独立した国という印象を受けました。

なぜ、あえて国という表現をするかというと、ロータリアンをはじめ多くの住民は、州ではなく国であると自負しているようだったからです。

今回のポリオ・プラス(Polio Plus)の問題にしても、インド中央政府の指示、またはロータリークラブの意見や連帯によって左右されるべきものではないという、共産主義思想の徹底した社会理念を強く持っている州でした。

まさに、共産主義一色の国家に潜入する羽目になりました。

投宿したホテルでは、土地の有力者が同伴しているにもかかわらず、逐一身分をチェックされました。

トリチュール、コーチンでは、ロータリークラブの例会に出席し懇談する機会を得ましたが、ポリオ・プラスに関してはノーコメントでした。

当地ではワクチン投与がなされてないので理解できますが、これはほかから関与されるものではなく、自国の問題であるという認識に立って、独自の計画に沿って活動を始めようとしているのには、ただ唖然(あぜん)としました。

WHOの主旨と世界のロータリアンの善意を理解し、ポリオ・プラス計画を早く実行してほしい旨を伝えると、相手は言葉を濁し、それよりも水道施設を造ってくれという、まったく見当違いの発言をしてきます。

ポリオ・プラス計画はまだスタートしていないものの、ワクチンはすでに配られているはずでした。

気がかりになって、その保管法について尋ねると、コーチンやトリバンダラムには漁港もあることから、ポリオ・ワクチンは船舶用の冷凍庫に保管しているといいます。

漁港まで案内してもらえず、温度チェックをする機会がなかったものの、保管には氷点下以下が望ましい旨を話すと、C・V・ビックラマン氏は「私の妻は医者である。彼女が保管温度は摂氏八度で良いといっているからそれでよかろう」と、我々の助言にはまったく耳を傾けようとしません。おそらく当地でも、インド国産の冷凍庫が使用されていることが推測されました。

インド最南端の都市トリバンドラムから南へおよそ一〇キロメートルのところにある、コバーラ海岸に行きました。赤道直下に程近く、真っ赤に染まった夕陽がインド洋の彼方に没していきます。椰子(やし )の木陰には色とりどりのサリー姿の女性たちが語らい、まるで絵画の世界のように美しくロマンチックな風景に見とれました。

ユニセフと日本大使館訪問

一九八八(昭和六三)年二月一五日、私たちのインド訪問は全日程を無事に終えることができ、最後の訪問地となるニューデリーにあるユニセフに出向きました。

ここでの目的は、私たちロータリークラブが、今後、インドまたはアジア地域全般においてポリオ撲滅活動を推進するために、ユニセフ並びにWHOなどの機関と協力して、遂行することが可能かどうかの意見を交換することでした。

職員がいうところでは、これまでの経緯から見て、外国からのインドに対する援助物資は完璧に目的地に届くことはないとのことでした。

実は、私たちのインド訪問に際しては、外務省アジア南西局からひとかたならぬご配慮があり、何か問題点が生ずれば相談に乗るよう、ニューデリーの日本大使館並びにボンベイの領事館に打電されていました。

大きなトラブルもなく調査目的を完了したことに対し、在インド日本大使館にお礼を兼ねて表敬訪問いたしました。

大使館では、堀内公使をはじめ大使館付医師の方々が快く出迎えてくださり、食事をご馳走になりながら調査結果のあらましを説明し、さらに現地日本大使館側からインドについての話を伺うことにしました。

国の実情を知らずして、援助は難しい

今回のインド訪問を通じて痛感したことは、世界のロータリアンがインドに対して善意の物資を贈るという発想ならば、自らが船に乗って持っていき、自らがその荷を降ろし、自らがその目的地に運び、自らが備え付けをし、その始動を確かめた上で、初めて先方に引き渡さなければならないということでした。

感傷的な、一方的な考えだけで援助するというのは間違いで、それなりの労力と情熱があってこそ、初めて目的が達成されるということです。

インドという国はそのような一面を持った世界であり、我々の一般常識では律することができない面が多いと、大使館の方にいわれました。もちろん、統計資料だけでは、正確に判断できるものではないともいわれました。

ロータリアン同士の信頼の上に立って、グラントした資金(助成金)が目的地で半分以下に減って支給されても、その間の不明金は当然、個々のマージンとして取り扱われるケースもあり、日本サイドから見ると悪であっても、インドでは善としてまかり通るようでもありました。

ユニセフには日本大使館からコメントしてあったので、手配してくださった車でそこを訪ねました。二人の日本人がこちらに在籍しておられますが、どちらも健康上の理由で、我々の訪問時には残念ながら留守で、お目にかかることができませんでした。

全般的にポリオ・プラスについては、担当医のWANDA A KREKEL 氏と、また、拡大支援については、健康課長のMOGENS MUNCK 氏と意見を交換する機会がありました。

私たちの調査したコールドチェーン第一段階のルームタイプについて、ワクチン保管温度の不備を指摘したところ、ユニセフもその事実を知っており、その改善と指導に努めているところだと説明されました。しかし、ワクチンの保管については州政府の責任と権限で行われており、改善が容易でないことを嘆かれていました。

ニューデリーにあるユニセフの中庭にて
インド在日大使館の堀内公使(中央)と共に
※本記事は、2019年12月刊行の書籍『 ひたすら病める人びとのために 上巻』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。