宮中での配属先が決まり、曹端嬪(ツァオたんぴん)付きとなった王暢(ワンチャン)。そこでの日々は刺激的でもあり、個性的な面々との出会いでもあった…。

(3)

「かしこまりました」

持ち場につけば、乾清宮(けんせいきゅう)からやって来た宦官が、翊坤門(よくこんもん)の左右に、ずらりと整列している。帝がうごけば、これだけの人が動くのか――。

やがて、曹端嬪(ツァオたんぴん)の部屋から、すばらしい香(こう)のにおいがただよって来た。皇妃が、皇帝を迎えるときに焚くものだとは、あとで知ったことである。

あの子の心は、もう皇上のものなのだろうか。曹端嬪(ツァオたんぴん)が、皇上に、身も心も入れあげている姿など目にしたくない。

祝詞をあげる、野太い声がきこえて来た。陶仲文(タオジョンウェン)道士である。いったい、なんのための祈禱なのだろう?

祈禱は半刻もつづいただろうか。そのあいだ、なみいる宦官は、石像になったかのように、微動だにしなかった。

「祈禱おわーりー! つつがなーし!」

号令がかかり、陶仲文(タオジョンウェン)道士が、中央の階段を下りて来た。

「む?」

足をとめて、ずいと近よって来た。近くで見ると、その肉体は、私の倍ほどもあるように感じられた。隆々とした肩のうえに、虎のような顎が乗っている。

「おぬし……どこかで見たぞ。さて、どこだったかな? ……そうだ。憶い出したぞ。何年かまえ、屋台で湯麵(しるそば)を売っていた宦官だな。ははあ、おぬし、女に懸想しているな」

けいけいと、獲物を射すくめるような眼光である。

「さて、どこの宮にいるのやら。だが、うーむ、どうやらその女には、すでに男がいるようだぞ」