「……さて、これがきっかけで、この画家との付き合いが始まったのです。名前は、ピエトロ・フェラーラと言いましてね、確か、当時三十歳の少し手前ぐらいだった。絵のモデルは奥さん。アンナさんというのだが、たいそうな美人でしてね。エリザベスさん、あなたのようにね。

何しろ私はエドワードの厳しいお達しで、ずっとあなたにはお会いしませんでしたからね。だが、お父上のご葬儀の日、お傍に寄らせていただいて、あなたがあまりにもアンナさんにそっくりなので驚いたものですよ」

「アンナさんと私とはそれほど似ているのですか?」

「もう三、四十年も前のお顔ですが、瓜二つと言っても良いくらいにそっくりですな。いつでも思い出すことができますよ。アンナさんの顔をね」

アンナの話になったところで、突然コジモの奥深い目が怪しく光り始めた。

「フェラーラはアンナさんとはロンドン時代の友達だと言ってましたよ。ヴェネツィアのカステッロ地区にあるサン・ザッカリア教会の有名なフレスコ画、ええ、アンドレア・デル・カスターニョの作といわれているものですがね、相当傷んでいましてな、彼はその修復の仕事で二人してヴェネツィアに来たのだと言っていた。でもヴェネツィアでは、夜や休日にいつも絵を描いていたようでしてね。その一枚が偶然私の目にとまったというわけです」

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『緋色を背景にする女の肖像』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。