5 六五歳で男性シニア保育士になる

私自身の筆記試験と実技試験はどうなった

さて、私の保育士試験はどうなっただろうか。苦労の連続だった筆記試験の準備や実技試験の準備の詳細は後述するので、参考にしていただければ幸いである。

結論から言うと保育士を目指し勉強をスタートした二〇一五年一二月から五カ月後の二〇一六年四月に前期筆記試験を受験した。たった五カ月間の準備で筆記試験九科目の受験は無茶であると自分でも認識していたが、あえてチャレンジした。結果は九科目中、七科目合格、二科目不合格であった。

不合格の科目は、「児童家庭福祉」と「子どもの食と栄養」で、明らかに準備時間の不足が原因だった。気を取り直して、今度は十分な準備をして、二〇一六年一〇月の後期筆記試験で、「児童家庭福祉」と「子どもの食と栄養」を再受験した。手ごたえを感じた通り、二科目とも合格通知を受け取り、実技試験に進んだ。

実技試験は二〇一六年一二月一一日の一発勝負である。造形表現と言語表現を選択して、全力で取り組んだ。そして一カ月後の二〇一七年一月に保育士合格の通知をいただいた。

直ちに、小池百合子東京都知事に登録申請書を送り、二〇一七年三月二一日に保育士証(上記)をいただいた。これで待機児童の問題に目覚めてから、一年四カ月、遅まきながら、やっとスタートラインに立つことができた。六五歳と四カ月、いよいよかと、武者震いがした。

写真を拡大 私が受領した保育士証

区の認可保育所で保育士として働く

二〇一七年四月から、私は都内の認可保育所で三、四歳の子どもたちを担当する副担任の保育士である。二三人(二〇一八年三月時点)の子どもたちの保育は、とても新鮮で、楽しく、やりがいを感じる。

子どもたち一人ひとりは毎日、成長していき、逆に子どもたちから教わることも多い。保育士として子どもと接しているといろいろな瞬間に、子どもたちや保護者から元気と信頼されている喜びをもらうことが多い。自分が「保育士になって本当に良かった!」と、ジーンと来る瞬間だ。ぜひともこの素晴らしさを多くのシニア男性にも体験して欲しい。

・朝、登園して来た子どもたちが「じじ先生! おはようございます!」と飛びついて来る時。

・遊びの時間の時に、子どもたちが「じじ先生、怪獣ごっこをやって!」とせがんでくる時。

・給食時に、子どもが嫌いだった野菜を食べられるようになった時。

・「じじ先生、折り紙で飛行機作って!」とせがみ、飛んだ飛行機を喜ぶ姿を見た時。

・散歩した公園で、自分も童心に帰り子どもたちと一緒に鬼ごっこをして走り回る時。

・突然、子どもから小声で「あのね、あのね、じじ先生、大好きだよ」と言われた時。

・紙芝居に見入っている子どもたちのうれしそうな反応に手ごたえを感じた時。

・給食やおやつで、子どもから「じじ先生、とてもおいしいよ!」と言われた時。

・大雪の日に子どもたちが雪だるまを作ったり、雪投げで子どもたちの歓声を聞いた時。

また保護者の皆さんが保育所に子どもを託して仕事に向かう時に、また保護者が仕事を終えて子どもを迎えに保育所に来られた時に、その際に子どもと保護者が互いに抱き合う時に、私は言葉に表せない大きな喜びを感じる。

・「じじ先生、子どもをお願いします」と保護者が元気に職場に向かう後姿を見送る時。

・課題を抱える子どもの保護者を励ました際に、涙ぐんでいた保護者が笑顔になった時。

・運動会で子どもの競技やダンスを、保護者がうれしそうにデジカメで撮影している時。

・発表会で、楽器演奏や劇を演じている子どもの成長に感動している保護者を目にした時。

一方で、保育士を目指す上での課題や困難さについてこれから述べていくが、男性シニア保育士であるが故の高いハードルについても言及していきたい。あわせて保育士として、保育所の内側から見た待機児童問題や保育士たちの悩みについてもいくばくかの私見を述べていきたい。

※本記事は、2018年8月刊行の書籍『じーじ、65歳で保育士になったよ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。