解剖自体は後になるらしい。次に、いよいよ首の解剖に移る。まず広頸筋を上方へめくって内部を露出する、と手引きには書いてある。この部位は各人が行うわけには行かないので、代表して僕が行う事となった。他の三人が見守る中、実際にその記述に従って、鎖骨の下部辺りの広頸筋の下端をゆっくり慎重にめくりかえしてみて、僕は思わず目を見張った。

そこには、見なれた人間の首から一転して、皮膚や筋肉に隠された内部の構造が目に飛び込んだ。高久がすげーと声をあげた。高尾、田上も息を飲むのが分かった。思わずサイボーグという言葉が僕の脳裏に浮かんだ。

実際、それは入り組んだ機械の内部を連想させた。まず目につくのは、斜めに走る幅の広い筋肉だった。胸鎖乳突筋、ラテン語ではムスクルス・ステルノクロイドマストイデウス。覚えこむために、誰もが申し合わせたように念仏のようにその名前をくり返し唱えた。

次には、中央に上下に走る、かなり太い外頸静脈と、それよりはやや細い前頸部の前頸静脈。それにタコ糸のような黄色い神経が何本も電気コードのように錯綜、分布している。頸神経叢というらしい。

“叢(そう)”とは何だろう。調べると網のように入り組んだ構造らしい。その様は精密機械の内部を思わせた。小豆粒のような黄白色のリンパ節も幾つか散在し、ゴム手袋ごしに指先で摘まむと、堅いゴムのような、弾力と抵抗を合わせ持つ感触が残る。

まるで豆みたいだな、煮たら食えるかな。高久が冗談を言ってみんなを軽く笑わせた。きっとホルマリンの味がするだろうな、と田上。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『正統解剖』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。