人が良い禅は、そう断った。しかし、どうしても気持ちだけでも受け取ってほしいと頼まれたので、少額だが千円だけ受け取った。その時だった!

「警察だ! 動くな!」

その声と同時に、数人の男が店の中になだれ込んできた。禅は心の中で思った。

“いつかこんな日が来る気がしていた……しかし、これが夢であってほしい……”

そう願った。しかし……残念な事に、それは現実だった。

「松本禅だな、大麻取締法違反容疑で家宅捜査する!」

一人の中年男が、そう言うと一枚の紙を見せた。

「これが令状だ」
「………」

禅は言葉を失った。そしてうつむくと肩を震わせた。

「う、う、う……」

涙が溢れ出て来た……その涙は床に落ちた。それがどんな涙なのか? 禅自身良く分からなかった。

たたずんでいる禅の頭の中を今までの記憶が、走馬灯のように駆け巡った。バスケットで輝いていた頃……当てもなく海外をふらついていた頃……そして自分を見守ってくれている家族の事……涙は、ただ止めどなく溢れ出ていた。それを見ていた刑事が、禅の肩を軽くたたいた。

「全部話してくれ」

禅は手で目元を拭うと顔を上げた。

「分かりました……」

刑事たちは、次々に物証を押さえていった。竹田に渡すためのマリファナの量は半端な量ではなかった。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『アリになれないキリギリス』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。