井沢師はここで大きく息を吸った。

「華水教は何年先か何十年先か、何百年先か、何千年先かは知りませんが、いずれは自己犠牲によって、華水教自らが解体することによって、この世界を救うのであります。弱きもの人間は、自己犠牲によってのみ、真実を実現することが出来ます。

人間と神の間に橋渡された一筋の明かりである宗教もまた例外ではありません。いつの日かきっと、華水教は自己犠牲をすることによって、自らを解体し人々を救うでしょう。自らが滅ぶことによって、喜びを与えるでありましょう。これこそが、傲慢で高圧的に、おのれの教義こそ真実で、世界は神が支配するなどと言う他宗教と華水教の根本的な違いなのです。さて」

井沢師は息を吐いて笑顔を作った。

「お説教はこれでお終いです。今日は子供たちも交えて運動会があります。皆様も大いに楽しまれますよう。これも戸隠師から賜ってきたお言葉であります」

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『百年後の武蔵野』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。