併合前にも伊藤博文の進言によって、韓国においては前例のない皇帝による巡幸が行われ、成果をあげており、新韓国皇帝による巡幸もまた、当然必要とされていました。そのため、壮麗な朝鮮総督府庁舎前に整列した内鮮人官吏により見送られた皇帝の行列が、直接京城駅に入られる場合も、いったん、朝鮮神宮に参拝されてから京城駅に入られる場合のどちらでも、沿道の民に迎えられながら、駅正面より入場していただけるように、南大門広場だけではなく、周囲の道もつくり替えられたのです。

こちらも、皇居より天皇に帝都の玄関口である東京駅にお入りいただく際や、来賓を迎える際に使われる、僥倖通りと同じ考えが取り入れられました。

その行列を見せ、自分たちがいただく皇帝が、どなたなのかということだけではなく、日々民を想い、自分たちの生活を気にかけて下さっているのだという実感を与える。

「敬神敬愛」の教育を日常のなかから施し、穏やかな内に国を治める。

京城は京の文字を持つ皇帝の住む都、東京の兄弟都市(第二帝都)として、さまざまな部分が手本とされていたのです。