若者は、自分を指差し「アトウル」と名乗った。そして、「光る矢が欲しい」と丘者の言葉で言い、「青銅の鏃」と里者の言葉で言い添えた。

「すまんが、手元にない」長は自分の言葉で言ったが、若者は分かったようだった。青銅は、天気の良い日には水平線にかすかに見える、湾の向こうの村との取引によってごくまれにもたらされる貴重品である。長の元になければ、おそらく村中を探してもないであろう。

長は、ふと「手に入ったら、届けよう」と言ってしまった。なんとなく、この若者の希望を無下にできないような気がしたからであったが、取り様によっては、まだ手に入っていない物を、現物と交換しようとする愚か者だと思われたかもしれない。

ところが、若者はうなずくと、牡鹿を長の方へ押しやった。何時とも幾つとも交渉せず、これだけの品を差し出すというのは、常識から外れている。それでも若者は、具体的な条件を言い出すつもりはなさそうだった。

豪気な若者だ、長は思った。こうなると、断ったり、具体的な交渉をするのも無粋であろう。相手が里者の長だと知ってそうしているのであれば尚更である。

長はにっこり笑って「受け取っておこう。手に入ったら、届ける」と言った。

若者も長に、にやっと笑い返した。

日が傾くと、丘者たちは品物を持って引き上げていった。丘者たちの集落は、その名の通り丘の上にあるが、その丘というのも村からよく見えるほどの近さであり、村の脇を流れる川沿いに歩いていけば、日が暮れる前に着けるのだ。

里の村の周りには、背の高さの木の柵がめぐらされており、夕暮れと共に海側と丘側にある二つの出入り口も閉められる。

その晩、村には、肉を焼く旨そうな匂いが立ち込めた。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『東方今昔奇譚』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。