九右衛門家は代々の名主で、川辺村や周辺に五十町歩を超す田畑と広大な山林を所有しており、その屋敷はおおよそ千坪の敷地に式台付きの玄関をもつ母屋、そして二つの蔵、長屋、木小屋、厩などの建物があり、名主らしい格式の高い構えとなっていた。北側には屋敷林、南側には雑事畑があった。

名主は多くの百姓衆や杣人(そまびと)衆を束ねる地位にあるだけに、柔和にして、人を威圧する貫禄も十分であった。文机に向かっていた九右衛門が向き直り、伊助をまじまじと見つめた。

「いいか、伊助。おまえは今日から十年の間、この家で働いてもらう。おまえの親には大金を貸してあるが、返せないと言うのでおまえが働いて返すのだ。給金は返済に充てる。飯は、雇い人は一汁一菜と決まっている。仕事はとりあえず女中頭のおさきの指図に従え。いいな」

九右衛門はそれだけ言って背を向けると、再び文机の帳簿に目を通しはじめた。伊助は幼いながらも、自分は親に売られたのだと思った。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『ゑにし繋ぐ道 多摩川ハケ下起返物語』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。