春の出会い

邪気:90 代謝:80 正気:80

入学して最初の金曜日。まだ本格化しない授業は午前中で終わり、誰かと約束して遊びにということもなく、個人的な予定もない。他のみんなはどうなんだろうか。

当然のことかもしれないが、まだまだこの学校の雰囲気になじめていない。くすんだ色の古い壁にそぐわないまぶしいLEDライトの教室。一転廊下は、エコのためか蛍光灯が一つおきに消えていて、恐ろしい仕掛けがなされた迷路のように不気味な暗さだった。だから僕もキョロキョロと不審者のごとくあたりを見回しながら、冷たいコンクリートの階段を下りた。

校舎の出口近くに大きな掲示板が置かれていた。これでさまざまなイベントや当日の授業の変更や休講などを知らせるのだ。もちろん学校のホームページにアクセスすれば瞬時に確認できるが、ガラケーしか持っていない、おまけに生活を束縛されてしまいそうなスマートフォンに変える気などさらさらない僕にはこの掲示板がなくてはならなかった。

毎日確認していたつもりだったけど、今日そこに『テニス体験』の文字を見つけた。ずいぶん前から貼られていたようなその茶色がかった紙には、今日の日付で『二時から、運動靴で、手ぶらでOK、試しに来て』と書いてある。

もともと僕は、体を動かしたい、というより動かないと落ちつかないタイプだった。ただそれは野球だけに向けられていたけれど。その野球も、中学の頃には試合にも出ていたが、高校で壁に当たり挫折し、高校三年夏の最後の大会、控えで出場して敗退してしまうと、急激にやる気が失せてしまった。それからは受験もあったし、運動らしい運動をしてこなかった。

卒業後の予備校では、片道十分自転車をこぐくらい。屋内ばかりの生活で、暗闇では紛れてしまうほど真っ黒だった肌は、文化部と言われてもおかしくないほど白くなった。さらにもともと筋肉が付きにくい体質なのか、少しはガッチリしていたはずの体もすぐに細くなり、エリート文化部の人にしか見えなくなってしまった。

それでも動きたいのは変わらないので、大学ではあまりきつくない楽しい運動をしようと考えていた。やはり運動は健康にいいから、なんて年寄りじみた言葉が頭に浮かんでいたのもある。テニスという文字が目に留まったのは、打つのは野球と一緒でしょ、程度の軽い気持ちからで、それまでまったく経験はなかった。