その前日、十日に、彼女は表向き第一ベオグラードギムナジウムでの面会ということにして、アンカは出かけていた。しかしホテルを出て角を過ぎるとすぐ、暗く涼しい戸口のほうに抜け出していた。

そこで上着を脱いでバッグにしまい、その代わりに軽い夏用のストールに着替えた。銅色の長い髪をすばやく指でかき寄せ、ポニーテールにまとめては、青いフェルト帽の下に持ち上げた。

その時には幅広の縁付き帽は捨てていた。彼女に捨てられた幅広の縁付き帽は小便の悪臭のする廊下で誰かラッキーな人に拾われるようにと横たわっていた。必要になったらすぐにでも顔を隠すように空いた手に扇子を持って角のところに戻り、仕立て屋の店を観察し始めた。

そのショーウィンドーでは、最新モードの女性用水着をマネキンに着せて展示していた。その何分か後にイタリア人は宿屋を出て、イリヤ・コラーラツ財団の方へ、軽やかな足取りで向かい始めた。手に小さなかばんを持ち、誰かが中を覗き込むといった危険を冒したくないという様子だった。

時々振り返ったが、通りは通行人の数が多く、アンカが離れて彼の後をつけてきたこともあって、誰かが尾行しているという疑いを持ちようもなかった。彼はすぐに緊張をほどき、振り返ることなく歩き続けた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『私たちはみんなテスラの子供 前編』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。