神峰は、竹原の海や川、森で随分と遊んだ。防波堤で釣り糸を垂れ、川魚を網で追いかけ、夜明け前に起きてはカブトムシやクワガタを捕りに出かけた。神峰の家のあった方角の山の斜面を見ていると、四歳の時に落ちた川の映像がよみがえった。

あれは、刺すような陽の光が照りつける夏の昼下がりだった。神峰は、二つ年上の兄と兄の友達の三人で、川にザリガニ捕りに出かけた。

兄と兄の友達は、ザリガニが潜んでいる淵の場所を勘で探し当てるのがうまかった。二人が網を持ち、捕ったザリガニをバケツに入れて運ぶのが神峰の役割だった。

その日は、少し奥地の川に出かけた。幅三〜四メートルの川に橋はなく、丸太が一本かけてある。川の深さは二メートルぐらいあったが、底まではっきりと見える澄んだ川だった。

二歳年上の兄と友達は、丸太の上をバランスをとりながら渡っていく。しかし、二歳年下の神峰にはそれができなかった。水の入った大きなバケツを持ちながら、恐る恐る一歩一歩進んでいったが、案の定バランスを崩して、バケツと一緒に川に落ちた。

神峰は、まだ泳ぎを知らなかったが、無意識に口を閉じて、目を開けた。川底の石が次第に大きくなって、七色に光って目に焼き付いた。そして、また石が小さくなっていくのが見えた。

すると上から兄の手が伸びてきた。神峰は必死でその手につかまった。

もし、川の流れがもう少しでも速かったら、落ちたときに水を飲んでしまっていたら、兄が引き上げてくれなかったら、自分の人生はそこで終わっていたかもしれない。神峰は、いま自分がここにあるのは当たり前のことではないと、今更ながら身に沁みた。

※本記事は、2020年12月刊行の書籍『途―ソラサイド―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。